挑発-1
四時限目の授業が終わり、いつものように私は教科書やノートを机の中にしまい込む。
代わりにお弁当を机の上に広げ、心の中でいただきますと呟いてから、いざお弁当を食べようとする、その瞬間。
「お、これいただき!」
すかさず上からヒョイと手が伸びてきて、私が食べようと思っていた春巻きが横取りされてしまう。
「ちょっと、いつもいつもやめてよ!」
私はキッと相手を睨みつける。
彼はいつもの意地悪そうな笑みで、
「そんくらいで怒んなよ。代わりにこれ、半分やるからさ」
と、もぐもぐ口を動かしながら、私の大好きなスナック菓子を机の上に出してきた。
ふと目を開けると見慣れた天井が見えた。
……まただ。
私はムクッとベッドから体を起こし、頭をガシガシ掻いた。
こんな風に、たまにアイツの夢を見ては夜中に目覚めることがある。
暗がりの中で、枕元に置いていた携帯を開く。
携帯につけられたピンクのエンジェルベアが少しだけ揺れる。
4時23分。
ベッドから降りるとひんやりとした空気に思わず身震いした。
……喉乾いたな。
階段を降り、暗いリビングをそろそろと通り抜け、私は食器棚からコップを取り出し冷蔵庫に入っていたお茶を注いだ。
それを一気に飲み干すと、胃に冷たいお茶が落ちていくのが伝わり、再度身震いをする。
リビングの出窓の所まで歩き、そっと窓を開けてみた。
冷たく乾いた風が室内にビュウと入り込み、寝ぼけまなこから一気に目が覚める。
空を見上げると、まだ星が綺麗に瞬いていた。
―――夜明け前が一番暗い。
誰の言葉かもわからない言葉をふと思い出し、珍しく雲一つない夜空で一際輝く一等星に目を移した。
今の私は夜明け前をさまよっているとしたら、いつ夜明けが訪れるのだろう。
土橋くんと絶交して、もう二カ月が過ぎようとしていた。
彼は「二度と話しかけない」と言った通り、あれから私と言葉を交わすことはなくなった。
彼と話をしなくなった当初は、沙織と大山くんにまるで尋問のように問い詰められて。
大泣きする沙織や、不機嫌そうな大山くんに、本当は全て洗いざらいぶちまけたかった。
でも、郁美の体につけられたキスマークを思い出すたびに、結局邪魔なのは私の存在なんだと言われているような気がして、全てを話す気には到底なれなくて。
だから彼らには、彼女がいるのにいつまでも好きでいるのが辛くなったから、とだけ答えた。
二人は納得いかない顔をしていたけど、私がなんとか宥めて、土橋くんに余計なことを言わないように頼み込んだ。
やがて二人は、それ以上土橋くんのことを話題に出さなくなり、昼休みも沙織と大山くんの三人で過ごしたり、沙織と二人でお弁当を食べたりするようになった。
次第に土橋くんのいない日常に慣れたつもりだったけど、学校で彼の姿を見かけると、気付かれないように目で追ってしまうのは、もはや止められなかった。