挑発-9
久しぶりに間近で見た彼の姿に、さっきまで枯れるほど泣いて、もう涙なんて出ないと思っていた目の奥が、再びジーンとしびれてきた。
スローモーションのように、彼のいつもの無愛想な顔が私の瞼にゆっくり映る。
“やきもち”
土橋くんの横で笑う郁美を街で見かける度に、私が抱いていたこの醜い感情を、彼にも持って欲しい気持ちがどこかにあった。
歩仁内くんと手を繋いだ所を見られたくない気持ちでいっぱいだったのに、その反面でどこかでやきもちを妬いてくれる土橋くんの姿を見てみたい自分がいた。
しかし彼は一瞬驚いたように目を見開いただけで、すぐに目を伏せ、それからは私の方を一切見ることはなかった。
やきもちを妬いて欲しい、なんて淡い期待も見事に砕かれた。
やっぱり彼は私のことなんて、なんとも思っていないんだ。
わかりきっていたくせにそれを割り切れない私は、目の前の現実から逃げるようにギュッと目を閉じた。
人影がまばらになり始めた廊下を小走りで駆け抜ける歩仁内くんは、私達のクラスの少し手前でようやく手を離した。
同時に始業のベルが鳴り響く。
短い距離をほんの少し走っただけなのにやけに息が切れる。
ずっと背中を向けていた歩仁内くんはクルッと振り返って、
「ギリギリセーフ」
と笑いかけて教室に入っていった。
歩仁内くんは爽やかな笑顔を私に向けたのだろうけど、なぜか私にはいたずらっぽいような、意地の悪いような笑顔に感じた。
だって、あれって……。
いつも通りにみんなに挨拶していく彼の姿を遠目で見ながら私は一つの懸念を抱いた。
私の手をひいたのは、わざと……?