挑発-8
時計はもうすぐ八時になる所で、廊下で話をしていた生徒達もぼちぼち自分らの教室に入っていく姿が見える。
生徒会室は一階にあったので、私達は階段を登った。
そこで、少し困ったことに気付く。
生徒会室に連れて来られたときは、泣いていたから周囲を見る余裕がなかったけど、自分の教室に行くにはこの階段を昇り、2年A組―――つまり、土橋くんのクラスの前を通ることになるのだ。
もうすぐ始業のベルが鳴るから、廊下で彼らがたむろっていることはないと思うけど、土橋くんと鉢合わせしてしまうんじゃないかと思うと、歩仁内くんと並んで歩くのがためらわれた。
でも歩仁内くんに今更、「違う階段で行こうよ」とは言いづらくて、私は少しだけ足取りが重くなって行った。
二階の踊場に先に着いた歩仁内くんは、何も知らない様子で私のことを待ってくれている。
私はゴクッと生唾を飲み込んでから意を決したように、
「歩仁内くん、ごめん。靴ひもほどけちゃったから先に行ってて!」
とわざとらしすぎる嘘をついた。
歩仁内くんはキョトンとした顔で首を傾げていたが、
「うん、わかった」
とだけ言い残し、サッと角を曲がって行った。
不自然に思ったかなと考えつつ、私はしゃがみ込んで、ほどけそうにない上履きの靴ひもを結び直して時間を稼いだ。
そろそろいいかな、と階段を昇りきり、角を曲がったとこで私はハッと息を呑んだ。
「ほら、モタモタしてたら間に合わないって!」
歩仁内くんは私のことを待っていたらしく、なぜか意味深に笑っている。
彼は、一瞬怯んだ私の手をギュッと掴むと、
「走るよ!」
とだけ言って突然駆け出した。
物心ついてから男の子と手を繋いだことなんてなかった私は、歩仁内くんに手を掴まれた瞬間に、一気に全身に電気が走ったように感じた。
多分、茹でダコのように顔は赤くなっているだろう。
一気に手のひらまで汗をかき、ジメジメした手が恥ずかしくてたまらなかった。
しかし、そんな私の様子など歩仁内くんは気にせずに、ズンズン歩みを小走りにかえて前に進んで行く。
生徒達がゾロゾロと教室に入っていくのが間近に見えてくると私は、ブンブンと手を振りほどこうとした。
が、わざとなのか、彼は余計に力を込めて繋いだ手が離れないようにしっかり握りしめている。
こんな所、アイツに見られたくない。
その一心だけで、下を向きながら歩仁内くんの、私よりほんの少し大きな手を見つめた。
だがそんな私の祈りも虚しく、A組の前にさしかかった時、カバンを持って廊下に出て来た土橋くんと思いっきり目が合ってしまったのだ。