挑発-5
「だってさ、中川さんと一緒のときはもっといっぱい笑ってるし……」
歩仁内くんは無造作に置かれた私の問題集を適当に開きながら、話し続ける。
「特にさ、土橋と話してる時なんてすげぇ楽しそうにしてたじゃん」
私はビクッと体を震わせた。
やっぱり他の人からも、そういう風に見えていたんだ。
土橋くんと楽しく昼休みを過ごせていた時の自分と、今の自分を比較されたような気がして、惨めさと恥ずかしさが込み上げてきて顔がカアッと熱くなった。
「でも、最近土橋と一緒にいなくない? 喧嘩でもしてんの?」
事情を知らないとはいえ、歩仁内くんの無邪気な疑問は今の私にはかなりこたえる。
―――うん、まあね。
それだけ言えば済むし、彼に事情を説明する道理もない。
それなのに、言葉が出ない。
私の問題集を見ながら解答をブツブツ呟いている歩仁内くんの姿がやけにぼやけてきた。
「え、ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」
歩仁内くんが慌てた様子で私を見つめている。
「……え?」
私は、机の上に広げられた問題集の上に濡れたようなシミがいつの間にか出来ているのを見て、初めて自分が涙を流していることに気付いた。
◇ ◇ ◇
「……落ち着いた?」
歩仁内くんはフウと息をついて私を見た。
涙が止まらなくなった私を見て、驚いた歩仁内くんは、慌てて私を生徒会室まで連れてきたのだ。
徐々にクラスメートも登校し始め、私もあのまま自分の教室にいたらあらぬ誤解を与えてしまいそうだったので、人目を避けてくれたのはありがたかった。
「うん、……ごめんね」
私はブレザーのポケットからティッシュを一枚取り出して鼻をかんだ。
私達以外に誰もいない生徒会室は思ったよりも狭くて。
部屋の中央には大きな白い机が二つくっつけられていて、それを囲むようにパイプ椅子が規則正しく置かれている。
私はそのうちの一つに腰掛けて、居心地悪そうに肩を狭めた。
「ああ、朝は誰も来ないからそんなに緊張しなくていいよ」
歩仁内くんは窓をガラッと開けたけど、思ったよりも風が強く吹き込んで来たので慌てて窓を閉めた。
「もし、一人になりたいならおれは席外してるけど……?」
歩仁内くんの心配そうな声に私は黙って首を横に振る。
一人で泣くのはしょっちゅうだから、今は誰でもいいから側に居てほしかった。
歩仁内くんは私の向かいにゆっくり座り、
「……理由とか聞いてもいいもの?」
と、恐る恐る言った。