挑発-3
教室に入るとまだ誰も登校していなく、窓際に設置されたヒーターだけがほんのり暖まっていた。
私は自分の荷物をそれぞれ定位置に置いてから、窓際に移動してヒーターの上にそっと手をかざした。
窓から校門を見下ろすと、わずかに生徒が登校し始めている。
もうすぐ誰か来るかな。
私はブレザーのポケットから携帯を出して時間を確かめ、チラリとストラップに目をやった。
携帯についているピンクのエンジェルベア。
さっきコンビニに寄ったときにも相変わらずこのチョコレートは売り切れてたっけ。
効き目なんて全然ないのに。
それでもこのストラップを携帯から外せないのは、土橋くんからもらった最初で最後のプレゼントだから。
土橋くんが郁美にあげたネックレスよりはるかに安いお菓子のオマケでも、私にとっては大切な宝物。
郁美には秘密だけど、せめてこれくらいは許してもらおう。
私は手のひらに乗っかっているストラップをグッと握りしめ、窓から外を眺めた。
もうすぐ電車で通学している生徒達がゾロゾロと姿を現す頃だ。
気づくとまた、土橋くんのことを探してしまいそうな自分に呆れつつ、自分の席に戻ろうとしたその時だった。
「あれ、石澤さん? おはよ、今日は珍しく早いね」
ガラガラと戸を開けて入って来たのは、クラスメートの歩仁内くんだった。
「あ、お、おはよ……」
ろくに口をきいたこともない相手に思わず言葉が詰まる。
「なんか用事でもあったの? こんなに早く来るなんて」
歩仁内くんは私のそんな様子を気に留めるわけでもなく、爽やかな笑顔を私に向けた。
「ぶ、歩仁内くんこそ……」
「おれ? おれはいつもこれくらいだよ。石澤さんがいつもギリギリだから気付かないだけ」
歩仁内くんはそう言って小さく笑うと、窓際の一番前の自分の席に座った。
それを見て、私も少し離れた真ん中の自分の席につく。
何か雑談でもした方がいいのかな。
チラチラ歩仁内くんの方を見ると、彼はマイペースにカバンから教科書やノートを机の中にしまっている。
今まで話をしたことがなかった人と二人きりでいる空間がやけに息苦しく、私はそれをごまかすように机の中に手を突っ込んで、たまたま手に取った日本史の問題集を広げた。