挑発-2
彼を諦める道しか残されていなかった私は、新しい恋でもして土橋くんを忘れようとしたことは何度もあった。
だけど、無理に他の男の子を意識してみようと思った所で、結局考えてしまうのはアイツのことばかり。
彼の表情や、話し方、笑い方、仕草や、歩く足音までもが、いつまでも私の心の中から出て行ってくれずにくすぶっている。
一方で土橋くんと郁美はとてもうまくいっているようで、クリスマスも初詣も、バレンタインも仲良く過ごしたと、聞きたくもないのろけ話を郁美からわざわざ聞かされた。
そのたびにどうしようもない焦りと嫉妬がつきまとい、土橋くんからもらったクリスマスプレゼントのネックレスをわざわざ見せに家に来たときなどは、郁美の胸ぐらに掴みかかりそうになった。
そんな時、決まって土橋くんの夢を見るのだ。
それも、二人で昼休みを一緒に過ごしたり、沙織達と四人でバカ騒ぎをしたりしていた、一番楽しかった頃の夢を。
夢の中で心の底から笑っていたあの頃の自分をまじまじと見せつけられると、目覚めこそいいけれど、すぐに現実とのギャップに気付いて、ズンと気分は沈む。
結局そのまま寝そびれた私は、シャワーを浴びて、ボーッとテレビを見たりしながら、のんびり学校へ行く準備を済ませた。
六時頃になると、寝起きでむくんだ顔したお母さんが起きてきた。
お母さんは、制服に着替え身支度をすっかり済ませた私を見て、珍しそうな顔をしていた。
「あんたがこんな時間に起きるなんて雪でも降るんじゃないかしら。やめてよね、せっかく雪がだいぶ溶けて来たのに」
笑いながらファンヒーターの前に座り込んで、私が持ってきた新聞を広げ始める。
「お母さん……今日はもう学校行くから早くお弁当作ってよ」
準備を終えて退屈にしていた私は、のんびり新聞を読んでいる彼女の姿に少し苛立ちながら言った。
「あー、そういえば昨日買い物してなかったわ。桃子、今日は学食で食べてきて」
お母さんは笑いながら自分のバッグから財布を出すと、千円札を私に寄越してきた。
「えー……」
私は嫌そうに顔をしかめる。
学食や購買は土橋くんと顔を合わせる確率が高いので、ずっと避け続けていたから。
「何よ、学食が嫌ならコンビニでおにぎりでも買えばいいでしょ?」
その言葉に、私は口を尖らせながらお金を受け取り家を出た。
家を出た時は六時半を少し過ぎたばかりだったけど、あのまま家にいても「サッサと学校行って予習でもしてきなさい」と、追い出されるのは目に見えていたので、何か言われる前に行動に移したのだ。
ここ数日は珍しく晴天続きだったので、アスファルトには雪はほとんどない。
路肩や日陰の多い道を避ければ自転車で学校に行けるだろう。
コンビニでパンでも買って行くしちょうどいいや、と私は冷たいサドルに跨って自転車のペダルを漕ぎ始めた。
コンビニに寄り、そこで時間を潰したつもりでも、学校に着いた時点でまだ七時を少し過ぎた所。
生徒の姿もほとんどなく、朝の澄んだ青空の中にそびえ立つ古びた校舎は由緒ある神社のように神々しく見えた。
荘厳に見える校舎と、そこに降り注ぐ朝日がほんの少しだけ私を元気にしてくれた。