最終話-8
「出会ってすぐの頃から、僕は君を助けたいというか……必要なものを、なんでも与えてやりたいと思っていた。でも、君はそういうことを嫌うだろう。一方的に、援助のようなことをされるのを」
「ええ……」
男たちとは、できれば対等な関係でいたかった。
もたれかかるようなことをすれば、それは破綻を早めるような気がした。
自分の力で、どうにか這い上がりたいというような、マヤの意地もあったのかもしれない。
ふたりとも、ふっと口をつぐんだ。
車はそのまま、30分ほど国道を走り続け、やがて、海沿いにある小さな公園の駐車場で静かに止まった。
佐伯は、マヤのほうを見ず、正面に視線を向けたままで呟く。
「君は、これからどうしたい?」
「これから……」
「僕は、君が望むなら、全てを捨てて、一緒に逃げてもかまわないよ」
「パパ……」
「ずっと、そばにいたい。君を、一生守っていきたい。どれだけ言葉を尽くせば、伝わるのかわからないが……本当に、そう思っている。初めは遊びだったんだが、おかしなものだね」
マヤは答えられない。
その気持ちは、感謝してもしきれないほどありがたい。
でも……。
「わたしは……」
そんなふうに、思ってもらえる人間じゃない。
身勝手で、汚い、死に損ないの女。
どう言えばいいか迷っているうちに、佐伯が困ったような笑みを漏らした。
「……ああ、僕は少し疲れたようだ。ここで朝まで眠ることにするよ」
「えっ……?」
「そうそう、この車のトランクには、偶然、女性の洋服が何枚か入っているんだ。偶然、だよ。帽子や靴、サングラスもあったかな? それに、白いボストンバッグには、三百万ほど入れっぱなしになっていたような気もするね」
「パパ……」
「うっかりトランクを開けっぱなしで眠ってしまいそうだ……さあ、寝るぞ。もう、僕には何も見えないし、聞こえない」
「あ、ありがと……ありがとう……」
わざとらしい寝息を立て始める佐伯に、マヤは涙が止まらなくなった。
体に巻き付けていた、佐伯のジャケットを脱ぐ。
トランクの中には、いま聞いた通りのものがびっしりと詰め込まれていた。
どれもが新品で、つい最近、買いそろえてきたものに違いない。
このまま立ち去っても、佐伯はマヤを恨むようなことなどない。
わかっているのに……。
大きく歪んだ、溢れる愛情。
それをひしひしと感じながら、マヤはトランクのふちに手をかけ、その場にしゃがみこんで、いつまでもいつまでも泣き続けた。
朝が来るまでには、まだ少し、時間が残されていた。
(おわり)