最終話-7
「もう少し、早く来れるかと思ったんだが……まさか、あんなことになっていたとはね」
街灯を反射してキラキラと輝くボンネット。
自慢の真っ赤なイタリア車にマヤを乗せ、佐伯は真夜中の国道をすいすいと走り抜けていく。
「なに? どうして場所がわかったの? ……もう絶対、終わりだって思ったのに……」
「盗聴はね、あの田宮という女だけの特権じゃないってことさ」
「と、盗聴? パパも、わたしのことを?」
「ああ。とは言っても、君を縛るためじゃない。大事な『娘』を、万が一のときには助けに行こうと決めていただけだよ」
佐伯からもらった、小さなお守り袋。
そこには、GPSを内蔵した盗聴器が仕込んであったらしい。
「でも……パパ、奥さんにあんなこと……悪いのは、わたしのほうなのに」
佐伯は寂しげに笑った。
「いや、あいつは僕の資産だけが目当てだったようだ。ずいぶん前から、僕の会社の金に手をつけているのは知っていた。それを、若い男に貢いでいる。見ないふりをしてやっていただけだよ」
「本当に……?」
「ああ。もう、夫婦生活はずいぶん前に破綻していた。それでもタケルのために、体面を保とうとしたのが馬鹿だったな。マヤのことは、ただのきっかけに過ぎない」
信号が赤に変わる。
軽く背伸びをした佐伯から、いつもと同じ、しっとりと甘い香水の匂いが漂ってきた。
「君はきっと、手助けされることを嫌がるだろうと思った。でも、みすみす君の命を奪われてしまったら、僕は自分のことを一生許せなくなる。田宮という女の言葉と、聞こえてきた会話で、だいたいの状況はわかったからね……余計な世話、だったかい?」
「ううん……でも、高峰さんたちまで一緒に来たのには、びっくりしたわ……」
「あはは、あの状況を収めるには、旦那たちを連れていくのが早いかと思ってね。関係している男たちの名前は、以前から君に聞いていたし。この年になって恥ずかしいが、親と親類の名声を利用させてもらった。このあたりで会社経営をしている人間なら、いうことを聞かない阿呆はいないだろう」
「そうだったの……」
佐伯の一族は、いまやあらゆる業種に根深く絡みつき、表でも裏でも、その力は強大なものになっているらしい。
ただ、それは自分には関係の無いことだ、と佐伯は笑う。
再び信号が変わり、車が流れ出す。
手が、きゅっと握られる。
ふれた手のひらはひどく温かくて、マヤは自分の体が冷え切っていることに気がついた。
「それから、君の会社の社長たちのことだがね。案の定、金を奪われた、裏切られた、と大騒ぎしていたよ。こちらには、別の筋から、元の金額以上のものを渡すように手配しておいた。その代わりに、水上マヤには二度と関わるな、ってね。だからもう、社長たちから追手がかかることはない」
「そんなことまで? パパ、どうして、そこまで」