最終話-6
「えっ? あ、あなた……」
「そんな、ど、どうして……?」
いつまでたっても、痛みはやってこない。
目を開くと、ひとりもマヤのことを見ている者はいなかった。
全ての視線は、窓の外に注がれている。
暗い景色の中、点在する庭の明かりと、この部屋から漏れる光に、これもまた、見慣れた顔が照らし出されていた。
コンコン、と窓ガラスがノックされる。
冷静というよりは、氷のように冷たい低音の声が耳に届いた。
「玄関を開けなさい。今すぐにだ」
マヤの無謀な計画を知る、たったひとりの男。
佐伯が、そこに立っていた。
その背後には、数人の男たちが腕組みをして、ずらりと並ぶ。
高峰がいる。松山もいる。
この顔ぶれからして、おそらくこの部屋に入る女たちの旦那たちが勢ぞろいしているのだろう。
まず、動いたのは佐伯の妻だった。
どたばたと玄関へまわり、鍵を開ける音。
他の妻たちも、後ろに続く。
部屋の片隅では、田宮が呆気にとられた表情で、それを眺めていた。
「ちがうの、あなた、みなさんがどうしてもって言うから……」
「言い訳は聞きたくない。君がしていることは、犯罪だぞ」
「ふ、不倫みたいな最低のことをしていたのは、そっちじゃない! 何よ、えらそうに」
「俺が、おまえの昼間の行動を知らないとでも思っているのか? 浮気に、会社の金の遣い込み……全部証拠はそろっているぞ」
金切り声と、怒号が割れんばかりに響き渡る。
誰が何を言っているのか、うまく聞き取ることができない。
ドスドスという足音が近付き、大勢の人間が部屋になだれ込んでくる。
男たちの、驚愕した表情。
女たちの、気まずそうな態度。
マヤはすぐに戒めを解いて床に寝かされ、佐伯のジャケットを被せられた。
いつに変わらぬ、落ち着いた態度。
「大丈夫かい? みんなを集めてくるのに、少々手間取ってしまってね」
「パ、パパ……どうして、ここが……」
佐伯はその質問には答えず、マヤを抱きあげて立ち上がり、他の男たちに目配せをした。
皆が一様に、わかった、というようにうなずく。
「とにかく、彼女を病院に連れていく。君とは帰ったら、今後のことを含めてしっかりと話し合うつもりだから、覚悟しておくように」
「そ、そんな、あなた……」
佐伯のきっぱりとした言葉に、妻はおろおろとうろたえるばかりだった。
そしてまた、他の女たちも同様に複雑な表情でうつむいている。
佐伯はマヤを抱きあげたまま、その重苦しい空気が充満した部屋を後にした。