23 強者の渇求(性描写)-1
アレシュが戻ると、部屋はまだ無人だった。
着替えて寝台に入っても、まだエリアスは戻らない。
『野暮用』がまだ終わらないのだろうか。
灯りはつけたまま、寝台に寝転び手足を伸ばした。清潔なシーツが気持ち良い。
しかし上機嫌は、別の理由だ。
抱き締めたカティヤの感触が、まだ残っているような気がする。
(可愛かったなぁ)
額に手をやり呆然としていた顔を思い返すと、口元が勝手に緩む。
カティヤは兄に頼って逃げようとせず、アレシュをきちんと出迎えようと、真剣に向き合ってくれた。
最初に見た表情から、それがどれだけ勇気を必要としたか、容易にわかる。
だからもうこれ以上、自己憐憫に浸るような情けない真似はするまい。
「……!!」
不意に窓の外で、派手な水音と大声が聞こえた。
「どうした!?」
窓から庭を見下ろすと、池の周囲に使節団の数人が集まっていた。
「誰か池に落っこちたマヌケがいたようです」
アレシュに気付いた一人が、笑いながら手を振った。
「酔っ払ってたんですかね?まぁ浅い池だし、溺れるのは難しいですよ」
物見遊山の気はないが、そのマヌケは使節団の一員らしい。
アレシュも急いで上着を羽織り、庭に出た。
「――エリアス。お前らしくない感じだな、どうして池に落ちたりしたんだ?」
「かいかぶって頂き光栄ですが、誰しも時には足を滑らせます」
池の脇でびしょ濡れの身体をタオルで拭きながら、憮然とエリアスが答える。
また珍しく、はっきり判るくらいご機嫌斜めだった。
「まぁ、とにかく風呂に入ってきたらどうだ?夏とはいえ、ここはゼノより随分北だ」
アレシュは話の角度を変えた。
何かあったには違いないが、秘密主義者の私用を探るのは、それこそ野暮というものだ。
「そうさせて頂きます。おまけに魚臭くて……っ……はっ……くちゅんっ!!」
クシャミを一つし、エリアスは足早に宿へと歩いていった。
「一瞬、女性みたいに見えたんですが、浮かんで来たらエリアスさんで、ビックリしました」
アレシュの隣りで、第一発見者の若い騎士が首をひねった。
彼はゼノから同行した騎士で、エリアスとの付き合いもそこそこ長い。
「それにしてもエリアスさんって、謎が多いですよね。本当の歳もわからないし」
「そうだな。外見の時が止まる例は、ユハ王にもあるが……」
アレシュもエリアスの実年齢は知らない。会議室で言ったように、生い立ちすらも……。
大国の時期王へ使える側近が身元不明両者など、普通なら言語道断。
しかし、それが許されている事こそ、エリアスがどれほどアレシュに貢献しているかの証明だった。
エリアスにも当然、打算はあるだろう。アレシュに使える際に言った『本当の主』への忠誠心も。
そこには後ろ暗い秘密もあるはずだ。
ただ、彼なりにアレシュを案じてくれているのも確かだ。
今回の旅一つとっても、痛切にそれを感じる。
「話すに値すると認めたら、エリアスは自分から教えてくれるさ」
アレシュの言葉に、騎士は頷く。
「はい。ですが、俺は今夜一つだけ知っちゃいました」
「何を?」
「あの人、意外とクシャミが可愛いですね」
その場にいた全員が爆笑した。
その直後、『何時だと思ってやがる!』と、周辺の宿から苦情が来たのは、言うまでもないが。