23 強者の渇求(性描写)-8
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ミスカはエリアスを抱き締めたまま、ぐしょ濡れの衣服を操って、身づくろいを整えさせる。
喘ぎ疲れたエリアスは、されるがまま虚ろに視線だけを外した。
地上に出てから、顔を会わせるのはこうして時おりになった。
それでも会うたび、ミスカはエリアスの心を嬲る。
襟元の紐を結ぶ前に、首筋を痛みが走るほど強く吸われた。
「エリアス……俺が本当に欲しいのは……」
ミスカの声とは思えない苦しげな呟きは、そこで止まってしまった。
換わりに浄化の炎を操り、汚れた衣服からエリアスの身体の中まで、全て丁寧に清める。
芝生の上にエリアスをそっと寝かせると、そのまま振り返りもせず池の水鏡へ飛び込み、帰ってしまった。
ミスカを飲み込み、池はただの水へ戻る。
「……ぅ」
揺れた水面が元の静けさを取り戻す頃、ふらつく足を踏みしめ、エリアスはようやく立ち上がった。
男体に戻ろうと呪文を唱え始めた時、大きくよろめいた足が結界石を蹴り飛ばす。
「あっ!」
結界が掻き消えたのと、夜風に当たって酔い覚ましをしていた騎士が気付いたのは、ほぼ同時。
とっさに地面を蹴り、そのまま池へ飛び込んだ。
「うわっ!大丈夫ですか!?」
騎士が駆け寄る間に、なんとか呪文を唱え終わり、暗い水中で男にした身体を起こす。
「あれ?エリアスさん……?」
「ええ。ちょっと足を滑らせてしまいまして……」
苦しい言い訳をしながら、不思議そうな騎士に手を貸してもらい、池から出た……。
それが『池に落っこちたマヌケ』になった理由だ。
宿の風呂で魚臭い身体を洗い、夜の庭で苦労して結界石を回収した。
(……まったく)
ひどい厄日だ。
それもこれも全――――――部!! ミスカのせいだ!!
ようやく部屋に戻ると、アレシュがニヤニヤしていた。
「災難だったな」
「ええ。今日は厄日です。アレシュさまは違うようですが」
表情からするに、何か良い事があったのだろう。
「カティヤに会った」
「……え?」
「会っただけだ。心配しなくとも、もうお前を呆れさせるような真似はしないさ」
上機嫌の魔眼王子は布団に潜り、黒と金の両眼を閉じる。
「おやすみ」
「――おやすみなさいませ」
詳細を問いただす気力も残っておらず、そのままベッドに倒れこむ。
何があったかは知らないが、とにかくアレシュから不安の影が消えているのは良い事だ。
個人的にはカティヤも気に入っている。
元蛮族でも竜騎士でも、傍にいさせてやりたいと思う。
再会した二人が日ごとに惹かれ合うのが、側からもありありと見て取れた。
それでも現実は甘くない。
どんな強者にも、手に入らないものはある。
『エリアス……俺が本当に欲しいのは……』
苦しげな声が脳裏に蘇る。
きっと、ミスカも手に入らない何かに苛立ち、手近なエリアスで誤魔化そうとしているのだ。
(それにしても、妙な縁ですね……)
暗闇で目を瞑り、エリアスは心の内に呟く。
昔、何かの折にツァイロンから聞いた。
海底城に連れてこられた赤子の頃、エリアスは蛮族の女児だったらしい。
そしてミスカは、魔法使いの父親から捨てられたそうだ……魔眼の赤子だった故に。