23 強者の渇求(性描写)-2
――エリアスがずぶ濡れになった経緯は、数刻さかのぼる。
会議室を出たエリアスは、暗い宿の庭へと出て行った。
店主の趣味なのか、宿屋の庭は広く手入れが行き届いていた。
花壇や樹木が行儀よく植えられ、花崗岩で囲った池まである。
黒々とした水面に銀色の半月が写り、エリアスが近づくと飼われている数匹の魚が浮かび上がり、口をパクパクさせて餌をねだった。
「すみませんね、ここの看板に書いてあるものですから」
『餌やり、禁止』の看板を指し、エリアスは魚たちに微笑む。
「少し、場所をお借りしますよ」
等間隔に魔石を置き、簡易結界を張る。
魔石が光り、エリアスを含む池の周囲数メートルが、透明な魔法の薄膜に包まれた。
これで周囲からは、いつもの池が見えても、エリアスは見えないし声も聞えない。近づこうとする気もなくなる。
海底城が、数百年も各国の目を欺き続けた手口だ。
池の縁に膝をつき、さらに通信魔法を唱えた。
不可思議な気配を察知した魚たちは素早く奥に潜り、かすかに揺れる水面にミスカが映る。
「よ、久しぶり」
この間の事など忘れてしまったような、相変わらず能天気なニヤケ顔が映る。
その姿に、エリアスのこめかみが引きつった。
――やはりミスカとは、とことん相性が悪いのだろう。
「……ミスカ、何度も言いましたが、無理に出なくとも良いのですよ?」
「何か問題あるか?」
スポンジの泡で身体を洗いながら、ヘラヘラ笑うミスカ。濡れた銀の三つ編みが重そうだ。
どうして髪を濡らす前に解かないのか理解できなかったが、問題はそれ以前。
「入浴中くらい、出なくても良いと言っているのです!」
「えー?お前だってゼノで呼び出すときは、いつも風呂場じゃん」
「あれは必要に迫られて風呂場になっているだけです」
「この間なんか、わざわざお色気を見せ付けてくれたの、誰だっけ?」
「う……」
それを持ち出されると、エリアスの旗色は断然悪くなる。
「……せめて何か羽織ってください。結界は張ってありますが、外ですので」
「そういや……どこにいるんだよ?」
びしょ濡れの身体にバスローブを羽織りながら、ミスカがエリアスの背後を眺め回す。
「ジェラッド国の宿場町です。アレシュ王子のお供で、建国祭の出席ですよ」
「ふーん。ま、どこだっていいさ」
「あまり長話もできませんので、手短に……うわっ!濡らさないでください!」
水面から引き揚げるなり、がばっと抱きつかれた。エリアスの服がみるみるうちに水分を吸っていく。
抗議をものともせず、ミスカは濡れた手でエリアスの顔を掴んで額をあわせる。
「じゃ、つまんない定期連絡なんか、さっさと終わらせようぜ。それとも、面白い知識でもあったか?」
「そう簡単に見つかるわけもないでしょう」
そもそも海底城の知識は、大陸のどこより抜きん出ている。先日の薬師のような拾い物は、ごく稀だ。
それこそ砂漠の中から一粒の真珠を探すような地道な作業に等しい。
なので、こうして定期的にミスカを通じて渡すのは、もっぱら地上の情勢。
リザードマンの不審な動き、姿をくらましたストシェーダの元大臣などを、伝えていく。
海底城の主たちは、地上の覇権に興味はない。
しかし必要な資材などを入手しやすいよう、情報だけはきちんと把握する必要があった。
主達にとっては、そもそも地上の覇者たる魔法使い達すら、餌にすぎないのだ。
「……ミスカ、早く離してください。わたくしはもう部屋に戻ります」
伝達が終わってもミスカは身体を離さない。ポタポタ水滴の滴る長い銀髪が、エリアスの衣服を更に濡らしていく。
「んーー、ダメ。俺が満足してない」
「貴方の満足など、知った事ではありません。は・な・れ・て・く・だ・さ・いぃぃっ!」
渾身の力で突き放そうともがいても、腹立たしいことに、腕力さえミスカには敵わない。
「いい加減に……っ!?」
電撃を喰らわせようとした瞬間、びしょ濡れの衣服がぎゅっと締まり、勝手にエリアスの両腕を頭上に跳ね上げる。
「いや〜、ちょうどイイ時に呼び出してくれたっけ」
ニヤつくミスカを冷たく睨んだ。
「そういう事ですか」
エリアスの身体を拘束しているのは、衣服にたっぷり吸い込まれた水分。
ただふざけていると見せかけながら、ミスカは十二分な算段と下心を持って、エリアスをぐしょ濡れにしたのだ。
「まったくロクでもない事ばかり……ですが、無駄ですよ」
フンと鼻を鳴らした。拘束されているエリアスの身体は、今は青年のそれだ。
「女体には絶対なりませんからね」
「そのままでもいいぜ」
「――は?」
エリアスの顎を掴み、ミスカは底意地悪い顔で見下ろす。
「せっかくだし、男体の方も味見しとこうか」
そのまま唇を舐められ、頬を舌でなぞり、耳朶を柔らかく噛まれる。
「ちょ、ちょ!? ミスカっ!? 前々から節操なしとは思ってましたが……」
「や、そっちの趣味はねーけど、エリアスだったら話は別だ」
完全に飢えた捕食者の視線が迫る。金色の両眼が、喰らいつく獲物を見据えていた。
「女体になりたきゃ好きにしな?突っ込まれる穴くらい、選ばせてやるよ」
上着の裾から忍び込んだ手が、スルリとわき腹を撫でる。