第四章 淑女墜落-2
「お、おはようございます」
「んっ? あら、奥さん! 今日はまたずいぶんと早いですね〜!」
短髪角刈りの頭にタオルを巻いた魚屋の主人が、意外な時間に顔を出してきた美優に少しばかり驚きつつもすぐに満面の笑みを作って近づいてくる。
「あ、いえ、これからちょっと行く所がありますので、今日はご挨拶だけで失礼します」
「あらら、もう行っちゃうんですか? そら寂しいな〜、帰りにでもまた寄ってくださいな」
「そ、そうですね、時間があったらまた帰りに顔を出しますね。それでは失礼します」
魚屋の主人、源太郎にワンピースの中を悟られないよう、美優は慌てて踵を返した。
「あれ〜、こんな時間に誰が来てるのかと思ったら、奥さんじゃないですか!」
「本当だっ! ややっ、こんな時間に奥さんを見れるとは、今日はツイてるな〜。後で宝くじでも買ってみるかな?」
魚屋の看板に背を向けた瞬間、不意に現れた二人の男性。
恰幅の良い一人は肉屋の主人で名は中原といい、もう一人のヒョロッとした長身男はクリーニング屋の主人で、名を田所といった。
「あっ……お、おはようございます」
思いもよらぬところで馴染みの男性二人に出くわし、美優の貌がカーッと赤く染まっていく。
訪れるはずだった店の主人達と一同に顔を合わせたことで足を運ぶ手間は省けたものの、格好が格好だけに羞恥が真っ先に湧き立った。
羞恥心から、無意識のうちに胸と股間あたりへ腕が伸びてしまう。
「奥さん、今日はまた一段と可愛らしい格好ですな。なんとも爽やかでお美しい」
田所が顔をニンマリさせながら、ジロジロと舐めまわすように身体へ眼を向ける。
「それに、なんだかいつもより色っぽい気がしますよ」
美優はビクッと肩を震わせ、焦って首を横に振った。
「そ、そんなことありませんよ。あはは、もう、田所さんったら」
「いえいえ、ほんとに色っぽいですよ。いや、色っぽいというかセクシーというか、ねえ?」
「そ、それより、後でスーツのほうを何着かお持ちしますので、また宜しくお願いします」
「えっ? ああ、はいはい、何着でもどうぞ。この間のやつも綺麗に仕上げてますから、いつ取りに来られてもいいですよ」
「はい、ありがとうございます。そ、それでは後でお伺いしますね」
美優はこの田所が少々苦手だった。
見た目はスラッと背が高くてハンサムなのだが、言ってくる言葉があまりにも軟派的なのだ。
嫁と子供がいるにもかかわらず、来店するたびに堂々と不倫話を持ちかけてくる。
もちろんいつも笑って誤魔化してはいるが、あまりいい気はしていなかった。