或る少女の物語-1
彼女は可愛くない子供でした。
笑わず、泣かず、そしてほとんど声を出さない子供でした。
洋服を用意してもらえないので、何カ月も同じ洋服を着続けました。だから彼女の周りには常に異臭が漂っていたのです。
そんな彼女も教室で先生に指名された時には、くぐもった声でぼそぼそとテキストを読み上げます。でもそれだけ。
もちろん、彼女だって楽しいと思ったときには笑います。けれども、それはほんの少し唇の端を歪める程度に過ぎなかったので、誰にも気づかれるものではありません。
大人たちは表情のない彼女を前にすると、気持ちの悪いものでもみたように一様に顔をしかめました。
「子供らしくない」
「変な子」
大人たちの表情を子供たちは敏感に感じ取ります。やがて、彼女に近づく子供は誰一人いなくなりました。
家の中でも、彼女は邪魔ものでした。母親も、祖母も、叔父も、叔母も、彼女の中に流れる父親の血を嫌いました。父親は働かなかったり、おかあさんを殴ったりするひどいひとだからだそうです。
でも父親は彼女には優しくしてくれたこともありました。だからどうしても完全に嫌いになることはできなかったのです。
それがまた家の中の人間のこころを波立たせ、ことあるごとに怒鳴られ、殴られ、存在を否定され続けた彼女は居場所がなくなり、
そしてその顔からはどんどん表情と呼べるものが消えて行きました。
彼女がこころを解き放てるのは、眠りにつく前のほんの一瞬。まくらに顔を埋めて、彼女は1日ぶんの涙を流し、声を殺して泣きました。
だれにも気付かれないように。