或る少女の物語-5
「ちょっと、なんなの、その悲しい話」
わたしの裸の胸に顔を埋めながら、男が眠そうな声をあげた。
「ふん、まあ、昔話だよ」
ベッドのサイドボードに手を伸ばし、1本だけ抜き取った煙草に火をつける。白い煙の筋が天井に向かってゆっくりとのぼっていく。
「君の小さいころの話?まさかね」
「なにが、まさかよ」
「こんなエラそうな女が、そんな殊勝な過去を持っていたとか、あり得ない」
男の腕が背中にまわり、わたしの体を強く抱きよせる。男の短い髪の先が、肌をちくちくと刺す。けれどもこれまでにわたしが感じてきた痛みに比べれば、何ほどのこともない。
男が顔を上げる。その顔に煙草の煙を吹きつける。
「ちょ、ひどいな……ねえ、それで?その女の子はどうなったの?」
「どうもならない」
「どうもならないって、なんだよ。すっきりしないな」
男の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「彼女はそのあと、結局二十歳を過ぎても死ぬタイミングがつかめませんでした。そしてろくでもない男に引っかかって、人生を浪費しています」
「ひーっ、なんだよそれ。救われねえな。ハッピーエンドじゃないとさ、そういう話は」
「うるさいよ。だってまだ『エンド』じゃないんだからしかたないだろう」
「でもさ」
「なによ」
「まだ、生きてんだろ。その子」
「生きてるよ」
「絶対幸せになれるよ」
「どうかな」
「俺が、幸せにするよ」
わたしは体を起こし、ベッドから出て立ち上がる。
男は不思議そうにわたしを見上げた。吸いかけの煙草を、男の口に咥えさせる。
「彼女は誰にも幸せになんかしてもらえない。欲しいものは自分でつかみとるしかないんだ。それくらいのことは、わかってるはずさ」
「強いんだな」
「さあ、どうだろ」
過去がどうあれ、未来がどうあれ。
どの道、生きて行かなきゃしょうがないんだ。だったら、好きにやってやろうじゃないか。必要なだけの力をつけて、ただ真っ直ぐに自分の思う道を歩いてやろうじゃないか。
あの日から彼女は、
わたしは、
そう思って腹を括って生き抜いてきた。自分のケツは自分で拭くと決めて、絶対に言いわけをしないと決めて、生きてきた。
物語はまだ続いていくのだけれど、
ねえ、父さん。これで、いいんだろ? あの日のこと、わたしは忘れないよ。
彼女は背伸びをして、名残惜しそうな男を尻目に部屋を出て行った。
(おわり)