19 生まれついての大罪人-4
***
――薄暗い湿地帯の奥深く、沼地のほとりに陰気な廃虚があった。
元は小国の王城だったが、度重なるリザードマンの襲撃に滅び、今はそこに城があることさえ、知っている者はほとんどいない。
廃虚となった城に、人間の数は少なかった。
「チッ、胸クソ悪い光景だぜ」
塔の上から沼地を見下ろし、武装した中年男が毒づく。人相や雰囲気の悪さから、見るからにまともな職業ではない。
沼には無数のリザードマンが蠢き、魚や周辺から獲ってきた獣を食い漁っていた。
「なんだ、喰い付かれねーか怖くて、漏らしちまいそうか?」
隣りの男が揶揄する。
ムッとした最初の男は反論しようとしたが、ちょうど雇い主が階段をあがってきたので、舌戦は未遂に終わった。
「変わりはないだろうな?」
厳しい声で私兵達を威圧したのは、姿をくらましていた元大臣だった。
眼光するどく太い声には人心を束ねる張りがある。
マウリはそろそろ四十代も終りに近づくが、高い魔力に頼りきることなく、若い頃から鍛錬した肉体は鎧の下でいまだ逞しい生命力に満ちていた。
眼下の沼地を眺め、マウリの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
若い頃の彼は、確かにストシェーダ王家に忠誠を誓い、それを一心不乱に貫いてきた。
数々の武勲を立て国の事業にも貢献し、若くして王の補佐役となった。
国政に一生を捧げるつもりだった。
しかし、理想的な君主と心酔していた前王が、アレシュのために醜態を演じるのを見るうち、次第に虚無感といいようのない怒りに襲われるようになってきた。
(王の血筋というだけで、生まれながらの大罪人が王になれるなら、長年国に尽くした自分が成り代わって、何が悪い?)
ある晩。
ヤケ酒に酔った頭に、ふとそんな考えが浮かんだ。
それ以来、彼の心に生えた信念の木は、どんどん歪んだ方向に捻じ曲がっていった。
マウリは以前より、国からリザードマンの脅威を払おうと、この獰猛な生物を腹心の医者に研究させていた。
その医師から、地下牢で徐々に変化を帯びたアレシュの血が、リザードマンや竜族の成分にどんどん近づいているのを聞いた時、揺らいでいた心は決定した。
リザードマンは、群れのボスに絶対服従する性質を持っている。
闇世界の薬師を何人も集め、アレシュの血からリザードマンを操れる薬を開発させはじめた。
翌年、カティヤが現れアレシュが人の姿を取り戻しても、固まった決心は揺るがなかった。
裏で雇った男に、カティヤをガルチーニ山脈で殺すよう命じた。
欲を言えば、アレシュが魔眼を制御できなくなり、自滅するのを期待していたが、エリアスとかいう邪魔くさい男が現れ、アレシュを手助けしてしまった。
そのうえ、なんとカティヤは生きていた。
二人の悪運の強さに舌打ちしたいところだが、薬はすでに完成し、手数もそろっている。
「それにしても、あの女がカティヤ本人だったか……たかが蛮族の娘が、出世したものだ」
脳裏に浮かんだ飛竜の姫騎士へ、高位魔法使いの反乱者は、侮蔑を吐き捨てた。