19 生まれついての大罪人-3
正門で、ゲートまで送ってもらう帰りの馬車に乗り込む寸前、
「アレシュ王子さま!」
元気のいい子どもの声が、背後から追いかけてきた。
今朝の男の子が、やはり籠いっぱいの苺を抱え、走ってくる。
今度は転ばずにちゃんとたどり着き、息を切らせながら男の子は籠を差し出した。
「お土産です!」
「……俺に?」
「はい!」
真っ赤に熟した苺をしばし呆然と眺め、アレシュはようやく笑顔を作れた。
今朝の作り笑いではなく、本当の笑顔を。
「ありがとう。この季節に苺が食べられるのは嬉しいな。君のおじいさんのおかげだ。礼を伝えてくれ」
「え?」
今度は、男の子がキョトンとする。
「みんな、この苺は春の庭のおかげだって……」
「確かに魔法の庭があってこそ、初夏に苺が食べられる。でも、冬の庭に苗を作り育て、春の庭へ上手に移して実らす技術は、俺にできない。できたのは、おじいさんだろう?」
殆どの魔法使いが気付かない事だ。
四季の庭を保つのは魔法使いの力でも、そこに草木を育てるのは蛮族の手だという事に……。
「……はい!」
顔中をクシャクシャにして笑った男の子に手を振り、アレシュとエリアスは馬車に乗り込む。
馬車の窓ごしに、常春の都の町並みが流れていく。
金のトカゲが落ちてこなかったら、蛮族も魔法使いも無く、この町並みもきっと無かったのだ。
……そして、魔眼も竜騎士も。
「……なぁ、金のトカゲは、どうして落ちた来たんだと思う?」
ぼんやり遠ざかる城を眺めながら、なんとなくエリアスに問いかけてみた。
この千年間、何百もの仮説が建てられているが、そのどれ一つとしてアレシュは同意できない。
「わたくしには解りかねます。あまり興味もございませんし」
エリアスはいつもどおり涼しい顔をして答えるが、なぜかやけに嘘臭く感じられた。
中性的な美貌は、相変わらずソツない笑顔で、いつだって本音を明かしてはくれない。
「そうだな、世の中、わからない事が多すぎる」
せいぜいアレシュに出来るのは、一番大きい苺をエリアスの口に突きつけてやることだ。
「苺、大好物だろ?」
アレシュが知っている、本当に少ないエリアスの本音だ。
「……ええ」
少し気恥ずかしそうに、つやつやした赤い果実を受け取り、エリアスが口に放り込む。
横を向いて隠したつもりだろうが、一瞬だけ、とても幸せそうに顔を緩めたのが見えた。
中性的な美しい顔立ちと、普段は和やかながらもどこか冷めた雰囲気のせいか、こんな隙が妙に可愛いなぁと思ってしまう。
……まぁ、エリアスは男だし、アレシュにその気は無いが。
「ところで、随分疲れているようだが……辛いようなら、少し馬車を止めさせるぞ」
よくよく見れば、エリアスの目の下には、うっすら隈ができ、かなり疲労が溜まっているようだ。
一昨日、巨大なバンツァーをジェラッドまで運ぶのに、エリアスから魔力をだいぶ分けて貰ったのが原因かもしれない。
「いえ、それには及びません。城でまだ片付ける仕事も残っております」
エリアスはきっぱり否定し、自分を元気つけるよう、苺をもう一つ口に放り込む。
これも強がりかもしれないと思ったが、アレシュはそれ以上、聞かなかった。