18 惨劇の記憶-1
アレシュたち三人の父……前王は従姉妹を正妃に娶り、とても愛していたが、高位魔法使い二人の間には、やはり子どもがなかなか出来なかった。
やがて王は妾達との間にメルキオレとリディアをもうけ、子どもだけを引き取った。
これも貴族間にはよくある話で、妾達も納得して渡したらしい。
正妃も二人を我が子同然に可愛がり、全ては順調にまわったいた矢先。
正妃が身篭ったのだ。
老齢になってからの子。
しかも諦めかけていた愛する正妃の子だ。
王は狂喜したが、産まれたアレシュは魔眼の持ち主だった。
魔眼の子が皆そうであるように、アレシュも産まれた瞬間、室内を業火で焼き尽くした。
前王は文武両道で人徳もあり、長年献身的に国を治めた名君だったが、彼の精神は黒焦げになった妃の遺体と業火の残り火をまとう赤子を見た瞬間から、狂ったのかもしれない。
正妃アレサンドラは、アレシュの中に生きていると言い、彼女の血を引く息子を必死で生かそうとした。
魔眼は最初の暴走で母を殺し、二度目の暴走で自身を焼き殺してしまう。
二度目の暴走が起こるのは、遅くても三年以内だ。
古今東西の魔眼に関する情報が集められたが、魔眼は滅多に生まれないうえ、危険と見なされ暴走前に殺されてしまう事も多い。
調べ尽くした末、ようやく一件だけ、魔眼の持ち主が生き長らえた記録が見つかった。
昔、ある男が魔眼の我が子の為に蛮族の乳母を雇い、腕に抱かせたとたん、乳母に魔力を吸い取られ、乳母は魔力持ちに、魔眼は普通の目になったというのだ。
魔眼が突然変異種であるように、件の乳母もおそらく突然変異種だったと、城の学者は推測した。
千年の間に、蛮族と魔法使いの混血は無数にでき、魔法使いの血を引きながら魔力を持たない者もいる。
しかし、遺伝子の奥底に眠った魔力が、何かのきっかけに目覚めるケースもある。
彼らは大抵、その後マーブル階級に属し、単なる魔力でなく特異な能力を発揮する者が多い。
その一例と仮定された。
真偽はともかく、王は即座に王都中の蛮族の腕にアレシュを抱かせた。
しかし、無数の腕に抱かれても、何の変化もおきず、三年が経とうとした。
そして苦肉の末にとられた手段が、重罪魔法使い用の牢へ、アレシュを閉じ込める事だった。
幼い王子は泣き喚いたが、城の地下牢で、手足に魔力封じの枷を付けられた数日後、魔眼は暴走した。
周囲の封じ石が炎を全て吸い取り、アレシュの命は助かった。
だが魔眼は残ったまま。
念のためと、そのまま牢獄に繋がれた数日後、魔眼の暴走は再び起こった。
数日から数週間の間隔で、魔眼は何度も暴走を繰り返し、そのたび激しさを増していった。
封じ石は炎を吸い取り続けたが、やがて思いもよらぬ変化が起こり始めた。
アレシュの全身を黒い鱗が覆い始めたのだ。
業火は封じ石でも吸い取りきれないほど強力になっていたが、黒い鱗はその高温にさえ耐えた。
泣く事も笑う事もなくなり、食事は生肉しか受け付けなくない。
近づく者には誰かれ構わず炎を吐きかける。
もはや、封じ石の牢獄はアレシュを守るためではなく、アレシュから周囲を守るための物になっていた。
王自身も、アレシュの炎で瀕死の重火傷を負った。
廷臣たちは、アレシュを苦しませないように殺し、メルキオレかリディアを時期王にするよう、王を説得しはじめたが、これが死の床にあった王を逆に追い詰めた。
狂気に足を踏み入れた王は、見舞いに来た二人を殺そうとし、リディアを庇ったメルキオレは右腕を失った。
異変に気付いた重臣たちが部屋に飛び込むのと、王がメルキオレとリディアに子どもが授からないよう呪詛をかけたのは、ほぼ同時。
王はその場で息を引き取り、呪いは解除不可能となった。
ひとまず王位はメルキオレが継承するものの、アレシュを治療しなければ、王家の血はそこで絶える。
亡き王の狂った高笑いが聞こえるようだ。
メルキオレは婚約者だったリディアと、戴冠と同時に結婚し、アレシュを養子とした。
そうするしかなかった。
アレシュは数日に一度の魔眼暴走の後、半日程度は死んだように気絶する。
そのすきに背中の黒鱗を一部剥ぎ取り、特殊な耐熱の管を通した。
管は厚い壁を通って隣の部屋まで通じ、そこで医師が管から抜き取った血で医療研究をする。
そんな日々が始まった。
医療研究は一向にはかどらず、周囲を失望させたが、何より困ったのは、アレシュの食事だった。
敷き詰められた封じ石のおかげで、業火は牢外までいかないものの、中には魔法が一切効かない。
魔法で運ぶことが出来ず、アレシュが眠っているうちに、人の手でそっと運ぶしかないが、万一起こしてしまえば、その場で焼き殺される。
当然、危険な食事運びは蛮族たちに押し付けられ、彼らの中でも押し付け合いが起きた。
そしてある日、カティヤが食事係りに選ばれたことで、全てが変わったのだ。