15 ジェラッド王都の朝-2
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厩舎から一部始終を眺めていたナハトは、傍らのバンツァーを翼でつつく。
〔カティヤ……早く元気になると良いけど〕
〔十分に元気そうだったではないか〕
〔でも昨日、あたしと飛んでる時に、こっそり泣いてたの〕
パートナーの心が全てわかるわけではない。
でも、背中に乗せて飛んでいる時は、特に心が繋がる気がする。
どうしようもない悲しみとやるせなさに、ナハトまで泣きたくなってきた。
〔もしかしてカティヤ……アレシュ王子の所に残りたかったのかも……〕
呟き、ナハトは見慣れた木造の厩舎を見上げる。
清潔だが、ずいぶん古い建物だし、干草や餌もアレシュの城で貰っていたもの程、上等ではない。
だが、落ち着く住み慣れた場所だ。
厩舎の反対側では、他の飛竜たちが朝食をとっていた。
親友の一匹にウィンクし、ナハトはまたバンツァーを見上げる。
〔なんで、突然帰れる事になったのかしら?〕
〔さてな。カティヤと王子の間に何かあったようだが……〕
いかにも年長者らしく、バンツァーは重々しい態度で首を振った。
〔何にせよ、あそこに居た事自体がおかしかった。日常に戻り、もう忘れる事だ〕
〔ふぅん……〕
少々納得できなかったが、ナハトは反論もできなかった。
ここが竜騎士の住む国。それは変わらない。
〔そういえば、ちょっと不思議〕
かわりに、ささやかな疑問を投げかけた。
〔ん?〕
〔去年、国都のお祝いにストシェーダの国王夫妻が来たでしょう?ちょっと怖そうな王さまと、優しそうな王妃さま〕
〔ああ〕
〔ストシェーダの王さまは、アレシュ王子の異母兄なんでしょう?だったら王子じゃなくて、王弟じゃないの?〕
〔おや、知らなかったのか〕
軽く片方の瞼をあげ、バンツァーが驚きを表現した。
〔アレシュ殿下は、王子であり、同時に王弟なのだよ〕
〔え?〕
〔まぁ、人間は……特に王家というのはどこも大変だな〕
***
飛竜達に噂をされているとも知らず、カティヤは王宮の小道を宿舎に向かって歩いていた。
「カティヤ、いい天気だね!」
「ドラバーグ副団長、おはようございます」
城で働く人々とすれ違い、互いに挨拶をかわす。
自然と顔がほころび、笑顔になる。
突然の帰還に、心配してくれていた皆は驚いたが、変にさぐりもいれず純粋に喜んでくれた。
アレシュは国王と非公式の短い面談をし、非は全て自分にあると謝罪した。
ジェラッド国王としても、ベルンがいきなり殴りこんだ件もあるので、まぁまぁと互いに不問となり、不思議なほど穏やかに片付いてしまったのだ。
一昼夜経った今では、すでに何事もなかったような日常が戻っている。
ふと歩みを止め、視線を上げれば、空はどこまでも美しい青。
陽の光が見慣れた城の尖塔を輝かせていた。
(ここが……私の居る場所だ……)
自分に言い聞かせる。
アレシュ王子の部屋で、あの凄惨な出会いを……一緒に過ごした数ヶ月間を思い出した。
幼少のカティヤがアレシュと過ごしたのは、半年に満たない期間だった。
黒鱗がとれても、アレシュがまともな言葉を話せるのに、一ヶ月かかった。
毎日カティヤは食事を運び、そのたびに抱き締められた。
何時間も、ただ互いに抱き締めあっていただけだったけれど、とても幸せだった。
(あれはきっと……)
あの時は、二人とも生きるために、互いが必要だっただけなのだ。
今ではすっかり事情が違う。
二人はもう子どもではなく責任ある立場で、互いが居なくとも生きていける。
アレシュもそれを知っているからこそ、こうして帰してくれた。
(単なる感傷だ……忘れよう)
目端をこすり、零れそうになった涙を拭き取った。