嘔吐-1
酸味がある。
そして強い刺激臭。
私の頭は今、他人のゲロをダイレクトに浴びている。
ボタボタと、前髪から垂れる異物混じりの溶解液を垂らしながら私は言葉を失っている…
終電に乗り、私はガラガラに空いた席で半ばうたた寝をしていた。
何を考えていたかな?
多分今日のカラオケが楽しかったとかそういう下らない事だったはず。
ふと気付くと目の前におじさんが吊革に捕まって立っていた。
ガラガラの席はいくらでもある。
座ればいいのにと思ったけれど、すぐに警戒レベルMAX。
よく見ればこの車両に乗客は私と目の前のオヤジしかいない。そしてそのオヤジはガラガラなのに私の前に立っている。
もしかしたら別のモノも勃っているかもしれない。
胸の少し開いた服を覗くように、きっとオヤジは私の前でハァハァしているのだ。
私はきゅっと胸元を手で閉じた瞬間――
『お嬢さん、ビニール袋を持っ』
ビニール袋?
何だ?ビニール袋がどうし――
だばだばだばだば
放たれた。
勢いよく、何かが頭部に降り注ぐ。冒頭で言ったモノだ。
おげぇぇとか何とか言いながら、それでもオヤジは浴びせかける。
私の鼻は正常に働いてくれている。
ツンと臭うそれに交わった別の何かとのエッセンス。私に降り注ぐラブシャワー。
この臭い、アルコールかしら?
ピロピロと前髪から垂れる一本の捻れをくわえたシルクロード。
あら焼きそばね?
胃液の一滴たりとも残さずに、嗚咽をまだもらしながらまだ足りぬ、まだ足りぬとでも言うように私の頭頂部へ振り絞る。
頑張れ!お父さん!
頑張って!もう少し!
もう出ないよゆあちゃん。
駄目よ!頑張るのよ!
オヤジは全てを出し尽くし、その場で膝を落とした。
おじさんは今日接待だったのだ。
得意先の無理な要求を泣く泣く飲み、酒を飲まされ、フラフラになりながらも今日も1日戦い抜いた尊い企業戦士。
家に帰れば妻に罵られ、息子に馬鹿にされ、娘にシカトされる。
それでも家族の為に、いや、日本の為に戦う孤高の企業戦士。
ゲロに塗れた私は涙が出た。
しかし私は誇りに思った。他人のおじさんのゲロを一身に浴びて、それさえも許す寛大な心を私は持ち合わ
あ、駄目だ。やっぱ臭ぇ。
ええい〜やぁ〜君から貰いゲロ♪
してたまるかっ。
「おい…金だせ」
『…はい、ごめんなさい』
貰った3万円。
割に合わない。
私の小さな事件簿。
完