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隣人は何を思う
【ホラー その他小説】

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隣人は何を思う-1

「あ、こんばんは…」

時刻は夜八時。
自宅のアパートへ着き、階段を昇ると隣室に住む男性と目が合った。
細い。骨と皮しかないようなガリガリの体は見ていて少し不快になる。それでいて長い髪は寝起きと見紛うほどにボサボサ。服はジャージでセンスの欠片もない。
男らしさが無い。いや、人間らしくない。

「…」

男は私と目を合わせるも、挨拶を無視して無言で自室へと帰る。
パタンと扉が閉まってから私は小さく言葉を洩らす。

「私…なんかした?」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「それはキモいね」

簡単な夕飯を済ませてから私は友人の裕香に電話をかけていた。内容は下らない世間話から今日会った隣人の話になり、裕香は「うげー」とか「ぎゃー」とか言いながら隣人に不快感を示す。

「キモいっていうか、まぁ…」
「何気ぃ使ってんのよ」
「別に気を使ってるってわけじゃ」
「使ってんじゃん。大丈夫だって、同じ部屋に居るわけじゃないんだし」

「それはそうなんだけど」と言ったところで背中に冷たい汗が流れて血の気が引いた。
ベランダに、隣の部屋のあの人が立って窓からこちらをじっと眺めていた。

「キャアアアアアッ!!」
「愛弓!?ちょっと、どうしたの!?」

受話器の向こうで裕香が私を呼ぶ。

「べ、ベランダにっ!」
「何!?もしかしてさっきの奴が居るの!?」
「うん!ベランダに立ってーー」

ーーない。
私は目を擦り何度も見直したが、やっぱりそこには居なかった。
ベランダにはある程度私の荷物があって、隠れるのは難しい。ならば、あれは幻覚だったのだろうか。
恐る恐る窓へ近づき、鍵を閉めながらベランダを内から覗く。
やはり、居ない。
窓の下半分は曇りガラスだけどその裏に誰かが居るような影は見えなかった。

「ちょっと愛弓、警察呼ぼうか!?」

裕香が大きな声でそう言う。

「ご、ごめん。居なかった」
「…はあ?」
「ごめん、何か、そう見えただけで…やっぱり居なかった」
「何それ?…はぁ、まああんたはそういう冗談言うような娘じゃないから嘘だとは思わないけどね。でも逆に心配だよ」
「え?何が…?」

ベランダを警戒しながら話す。会話にあまり集中できない。居ないと分かっているのに、その気配をまだ感じているような錯覚に陥っている。

「だってさ、悲鳴がマジだったっしょ?ってことはさ、かなりリアルに見えたわけじゃん?」
「そう、だね」

リアルに見えた。はっきりと、彼の痩けた顔もボサボサの頭も萎びたジャージもはっきりと。

「幻覚が見えたか、本当にそこに居るか」
「こ、恐いこと言わないでよ!」
「いやだからさ、確認して居なかったんだとしたら幻覚ってことでしょ?」
「そう、だけど」
「ってことはさ、ノイローゼ?とかよく分かんないけどそんなんじゃない?」

そんな自覚は無い。そもそもノイローゼにかかるほどの精神的なストレスを今の私は負っていない。

「それは、無いと思うんだけど…」
「いやあたしも医者じゃねーしさ、あんま分かんないんだけどね、そういうの。でもそのノイローゼ以外にもセーシンビョーってあんじゃん?」
「精神病…」

私とは無縁だと思う。鬱っ気があるわけでもないし、精神分裂を起こすようなことも無いし、パニック障害も無い。
他にどんな精神病があるか私にも分からないけど、少なくとも今までそんな『リアルな幻覚』を体験したことは無かった。

「やっぱり、考えにくいよ」
「んー、仕事とか恋愛とか上手くいってんの?」

仕事は相変わらず雑務しかさせてくれないけど、今はそれで不満があるわけではない。むしろ今の雑務をするのが大事な時期でこれも下積みだと思えばそこまで苦労とは思わない。
恋愛も…確かに彼氏と会う回数は減った。デートはおろか会話もまともにしてない。でも学生から社会人になってお互い時間の調整ができなくなったから仕方ないことだし、ある意味諦めが入ってるからそこまでストレスを感じているとは思えない。
強いて言うならーー性欲が昂る時が最近増えたことくらいで、自分を慰める回数と時間がそれに比例して増えたことくらいか。

「うん、上手くいってるかどうかは答えとして適切じゃないけどストレス抱えるほどじゃないよ」
「テキセツとか難しい言葉使うなー」
「どこが!?難しくないでしょ!」

裕香の言葉につい笑ってしまった。少しだけ、緊張感が抜ける。

「お、笑ったー。そうそう、リラックス大事ね」
「…ん、ありがとう」
「もしかしてさ」
「なに?」
「幽霊とかかな?」
「やめてよ!」

それだけは本当に苦手だ。人間よりもたちが悪い。その存在は常識など一切通用しないのだから。例えばベランダに現れてふっと消えるなんていう芸当が平気で罷り通ってしまうほどにズルい存在なのだから。

「相変わらず恐がりだね愛弓」
「シャレになりません!」
「あのさ、カーテンは?」
「無いの」
「無い?」

カーテンはまだ無い。住んだばかりだし、カーテンを買いに行く暇がないから買いに行けないというのが現状。
私は言い訳がましくそれを裕香に伝える。

「すげー」
「何が?」
「有り得ないって。だってあんたんとこ二階でしょ?」
「そうだけど」
「アパートから少し離れれば道路からもある程度中見れるし、同じ高さの建物が周りにいっぱいあれば中見放題じゃね?例えば着替えとか丸見えっしょ?」
「それは」

言われてみたら、その通りだ。
そう気付くと私は急に恥ずかしくなった。

「ど、どうしよう!」
「今更どうしようじゃねーし。カーテン買わなかったあんたが悪い」
「そんなぁ…」

そう言って私は恨みがましく何も悪いことをしていない窓を睨んだ。




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