元カノ-3
自転車で通学しているのは私と沙織と大山くんの三人で、土橋くんだけが電車で通学している。
私が一足先に駐輪場に来たのは、顔が赤くなっているのを気づかれないためでもあったけど、自転車の鍵が錆び付いていて解錠するのに少し手間取ってしまうからでもあった。
かごにカバンを入れ、ガチャガチャと乱暴に鍵を上下に動かしてようやく解錠してから、カラカラと自転車を出す。
そうして顔を上げれば、他の生徒も自転車を出してスイスイペダルを漕ぎ、次々に帰って行く所。
私はその自転車の流れの邪魔にならないよう、校門の前まで自転車を押していき、そこで沙織達を待つことにした。
校門が近づくにつれて、ポツンと見慣れない人影が校門前に立っているのが目に入った。
その人物は鮮やかな青いブレザーを纏ってこちらに背を向けている。
私の学校の制服は濃紺のブレザーだから、その人物は明らかに他校の生徒だ。
そして、その特徴的な青いブレザーは私達の街で唯一の女子高のものであることにすぐに気づいた。
他の生徒達も見慣れない制服姿をチラリと一瞥しては通り過ぎて行く。
私は、その後ろ姿に見覚えがあるような気がして、カラカラと自転車をゆっくり押してその人物のそばまで近づき、横顔をチラリと伺うと思わず小さな声が出た。
「郁美……」
痩せた、と思った。
抱きしめるようにカバンを抱え、寒空の下で少し背中を丸めて立っていた彼女は、ガラス細工のように繊細で少しでも力を込めたら粉々になってしまいそうなほど儚げだった。
9月に郁美が“修と別れた”と報告してきた以来、一度も顔を合わせず、電話やメールすらしなくなって、たった二ヵ月余りで彼女の雰囲気はがらりと変わっていた。
以前のような明るくはつらつとした姿はそこになく、どこか影のある、もの淋しげな印象を受けた。
「桃子、久しぶり」
郁美は私に気付くと、弱々しく手を振った。
「ど、どうしたの? こんな所で」
脇に汗がジワリと滲んできた。
郁美がここにいる理由なんて、容易に想像できるじゃないか。
以前なら、この狭い街で割と有名人でもある郁美は彼氏が変わるたびにどこからかその噂が聞こえてきた。
それが、土橋くんと別れてからはそんな噂もパッタリ聞かなくなった。
それがどういうことか、本当は自分でもわかっていたはず。
その事実から目を背けて、自分ばかり居心地のいい場所で甘えていた私に、目の前に立っている美少女の姿は、抑えようのない不安を与えた。
郁美は、私に何か言おうとしていたけれど、その大きな瞳が私ではなく私の後方を捉えると、すぐさま私の横を走り抜けて行った。
私はきつく目を閉じて俯く。
次に私の背後に聞こえてきた郁美の声は、土橋くんの名前を呼んでいた。