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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-33

だが、振り下ろされる寸前で、咄嗟に圭輔は彼女を庇った。
平手打ちは、見事に彼の頬を直撃した。
ぱんっ、と、乾いた音が夜闇に高らかに響いて、そのまま暗闇に溶け込んでゆく。再び、張り詰めたような夜の静寂が訪れた。
「け、圭輔さん…!」
英里が心配そうに、頬に触れようとするのを、圭輔は手で制した。
ひりひりとした刺すような痛みがじわりと左の頬に広がっていくが、こんなもの大した事ではない。その痛みが、逆に自分の頭をクリアにさせる。
視線を上げると、さすがに気まずそうな顔をした英里の母親が、ぐっと下唇を噛んでいた。
「……僕がこんな事を言えた義理ではないのは十分承知していますが、あまり叱らないでやってくれませんか。彼女とは、真剣な付き合いをしているつもりです。僕にとっても、一番大切な女性ですから」
完璧主義な親のエゴに押し潰されそうになっている英里が、たまに見ていて痛々しい時があった。
これ以上、彼女を自分の殻に閉じ込めないで欲しい。もっと生き生きと、自分の素直な感情を表現できるように、親として見守ってやって欲しい。
英里の母親の中で、自分は生徒に手を出した不埒な教師だという印象しかないだろう。
まだ若くて教師としても頼りないかもしれないが、せめて軽薄そうに見えないよう、すっと表情を引き締めて、圭輔は真っ直ぐ前を見据えた。視線の先には、相変わらず居心地の悪そうな顔で、彼女の母親が立っている。
若さ特有の真摯な眼差しに耐え切れなくなったのか、母親は英里に、早く家に帰ってきなさいとだけ告げると、エントランスの中に入って行った。
その、あくまで颯爽とした様子を装った後姿が完全に見えなくなると、
「……俺って、心証最悪だろうな」
苦笑を浮かべて、圭輔は後ろ手に庇っていた英里の方を振り向いた。
ついに、彼女の母親に2人の関係を知られてしまった。
いずれ、こんな日が必ず訪れると思っていたが、予想通り一筋縄ではいきそうにない。
「ごめんなさい、母が、失礼な事ばっかり言って…」
辛そうに顔を歪めていた英里は、そっと彼の頬に触れた。
本来なら、これは自分が受けるべき痛みだったのに。
「英里が、気にする事じゃないよ」
彼女を安心させるかのように微笑むと、頬に触れている彼女の手の上に自分の手を重ねた。
圭輔の胸の裡には、抑えようもない熱い思いが渦巻いていた。
自分のために、彼女にとって絶対だった親に逆らってくれた。激昂してくれた。
「……あー、やっぱ無理」
ふぅ、と溜息を吐きながら、天を仰ぐ。もうすっかり秋の星座が瞬いている。
「何がですか?」
唐突な彼の発言に、英里は首を傾げると、
「これ以上、自分の気持ちを偽り続けるの…」
「え…?」
もう一度顔を戻した彼の表情が、恐ろしく真剣で、英里にも自然と緊張が走る。
「今、こんな事言うの無神経かもしれないけど、結構前から考えてたんだ…俺と一緒になって欲しいって」
英里は目を瞬かせた。とくんとくんと、緩やかに心臓が鼓動を奏でる。ただ黙って、彼の次の言葉を待った。
「俺と、結婚して下さい…。ずっと、俺の傍にいて欲しい」
そう言うと、圭輔は半ば放心状態の英里の体を抱き寄せた。
抱き締められた時に感じた、圭輔の胸の鼓動は、英里のそれよりも随分早かった。
突然の言葉に、英里はまだ実感が湧かず、ただ身を硬直させて、彼の腕の中に収まっていた。
圭輔の熱い体温が伝わる。それを感じながら、英里はそっと空を見上げた。
―――晴れた夜空に、下弦の月が輝いていた。



<第6話・完>


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