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「冬」
【その他 官能小説】

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「冬」-1

少しずつ変わる空気の温度。肌を刺す冷気が強まる。
水が凍りつくまでの短い時間。
出会った頃と同じような。
あの頃の君は、赤いダッフルコートに身を包み、白いマフラー。
君の唇から浮かぶ白い息はとても儚げで、僕は視線を反らせなかった。
隣を歩く、冷たい手のひらを繋ぐ事も出来ずに、僕たちは御互いの気持ちを持て余す。心の奥底も見せずに。
そう遠くない未来、それさえも思い描けなかったから。
君はいつも考え事をしているみたいに、ぼんやりとした瞳で僕を見ていた。見つめられる度に僕の気持ちはざわめき、そして決まって悲しくなった。
きっと、君も同じだっただろう。視線のその奥が揺れている事に、僕は気付いていたから。
二人で過ごす時間は、お互いがお互いを想い合うのではなく、自分を知る為の時間だった。悲しい事にそれは事実で、でもそれを君に責める事は出来ない。
君は、決して僕の名前を呼ばなかった。そして僕も。
只、ゆっくりと歩いている君の、確かな温もり。それだけが二人を繋ぐ細い細い糸で、でも、いつ切れてしまっても諦める心をお互い持っていたように思う。

「ねえ」
言い掛けて止めるのは君の癖で、僕は立ち止まり枯れ葉を踏む君を見た。かさかさした乾いた音が響く。
「この先には何があるの」
言葉が見付からない僕は、君を見もしないで首を横に振った。
何か言うべきだったかも知れない。でもそれは、僕の言葉じゃ意味が無い。
そっと息を吐いて君は歩き出す。その横顔を、僕は今でも覚えている。

出会う度に僕達は体を重ねた。何かを振り切る為に、お互いの体を求め合った。
白過ぎる君の体がベッドの上で揺れている。僕が突き上げ、攻め、その体を揺らす度に君は細い声をあげた。
ぎゅっと閉じられた瞳、薄く開かれた唇、紅潮した頬、君のそんな表情にますます僕は硬くなり、もっと君と深く繋がりたくて思いきり突き上げる。君が息を飲む。
君の細い腕は僕の体に回されることはなく、白いシーツを掴んでいて、だから行為が終わった後は、君はいつもシーツの波の中に横たわる事になる。
甘い君の声。君の肌の匂い。
君の体を抱く度に僕は切なくなって、何度も君に当たり散らした。何も求めずに始めた関係は、僕の一言できっと終わりを迎えてしまうだろう。

それを知りながら、とうとう僕は口にする。君と体を重ねている最中に。
君の固く閉じられた瞳に唇を寄せて、僕は動きを止めた。繋がったまま、君の頬を両手で包み声を掛ける。
「ねえ、瞳を開けて」そっとくちづけた。
「僕を見て」
君の体が僕の下で震えた。
「僕のことを見てよ」

ゆっくりと開かれた君の瞳の中には、僕が映っていた。覗き込む僕の姿は、君にどんな風に映るのだろう。
瞳の中の僕の姿が、波うつように揺らめき、水となって流れ落ちた。
君は泣いていた。
シーツを掴んだ手を離し、そっと僕の体に回した。それを確かめてから、僕は君の体を揺らした。終わりが来ないように、ゆっくりと。願いながら。

それを最後に、君に逢わなくなった。
僕は君に恋をしていて、もしかしたら、愛していたかもしれない。でも、それを伝える事は叶わなかった。さよならの言葉さえも。
僕は、君の中の誰かの代わりにはなれなかった。なりきれなかった。

また冬がやってくる。落ち葉を踏みしめて歩いた君との道を、時々僕は独りで歩いている。
君の事を思い出しながら。

<了>


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