狙われたマヤ-5
「痛っ……な、何をするんですか!?」
「何をするんですか、……ねえ?」
別人のように低いトーンで呟きながら、田宮がにじり寄る。
目が爬虫類のように陰湿な光を宿している。
怖い。
「それはこっちのセリフだ、って……思ってるひとがたくさんいますよ? ヤリマン先生」
「えっ……」
目の端で、何かがキラリと光った。
小さな果物ナイフ。
田宮の手に握られたそれが、頬に押し付けられる。
ピッ、と刃先が皮膚を傷つけたのがわかった。
血がぽたぽたと流れ落ち、地面に黒い跡を点々と残していく。
すがるような思いで、あたりを見回す。
他に人影はない。
「とりあえず、ここじゃ何だから……わたしの車まで行きましょうか。ね? 先生。立てるでしょう?」
「田宮せんせ……どうして、こんな……」
「ふふ、おしゃべりはドライブしながらでもいいじゃない。きっと、忘れられない夜になるわ……」
ナイフは突きつけられたまま。
逆らえるような状況では無かった。
田宮に誘われるまま、マヤはよろめきながら公園の駐車場まで連れて行かれた。
古びた赤の軽自動車。
その助手席に乗るように指示され、緊張でこわばった体を滑り込ませる。
「ねえ、その荷物かして。トランクに入れておくから」
「あっ……」
大金の入ったビニールバッグ。
中身をちらりと見て、田宮は笑いを漏らした。
「すごいよね、大胆なことやっちゃって……」
「か、返してください!」
「何言ってんの? もともとあんたのモノじゃないでしょう?」
血の底から響くような声。
身がすくむ。
トランクの閉まる音がして、田宮が運転席に乗り込んだ。
無言のままのドライブ。
公園の出口からオフィス街を抜け、混雑する国道を流していく。
無数のライトが明滅する中、マヤの手は恐怖と混乱で冷え切っていた。
しばらくそうしていた後、田宮が口を開いた。
「嫌いなのよね」
「え?」
「わたし、あんたみたいに体を武器にして、いろんな男たらしこんで、楽して生きようとする女、大嫌いなのよ」
「ら、楽なんて……」
「どうせ、ブスのひがみ、くらいに思ってんでしょ? まあ、当たりよ。 別に恨みがあるわけじゃないけどさ、あんたの泣き顔が見られるなら……ちょっと協力してもいいかと思って」