狙われたマヤ-4
優しい笑顔、真っ直ぐな視線、あの日の温かな体温が次々に思い出される。
こんな自分を、助けてくれると言った久保田。
わけもわからないくせに、わたしを守ると言ってくれた。
……できないよ。
あの子を、ただの踏み台にすることなんて、できない。
零れてきそうな涙をこらえる。
力の抜けた指先で、電話をする代わりにメールを打つ。
『今日は中止。ごめんね』
送信ボタンを押す。
すぐに久保田のアドレスと電話番号を消した。
心の中でサヨナラ、と呟き、マヤはうつむいたまま石畳の上を歩いた。
苦い想いが渦巻いている。
もうすぐ、部長がやってくるはずだ。
社長室に。
そうすれば、マヤが何をしたのかがわかるだろう。
ふたりそろって、蛇のようにしつこく、マヤの行方を捜し始めるに違いない。
アパートに戻るつもりはないが、遠方にある母親の病院は……念のため転院を考えた方がいい。
佐伯にも、このまま何も知らせずに行こう。
ずっしりと肩にかかる重みを確かめながら、この先やるべきことに考えを巡らせる。
吹き抜ける風が、公園の樹木をざわざわと鳴らす。
「先生……水上先生?」
急に背後から声をかけられて、思考が中断した。
……誰?
振り返ると、意外な顔がそこにあった。
「た、田宮先生……? どうされたんですか、こんなところで?」
マヤの教室で働く、40代の女性講師。
いつも何かと教室業務を手伝ってくれるので助かっているが、彼女は本社に用などないはずだった。
「うふふ、水上先生こそ、こんなとこで何してるんですか? もう夕方……教室、始まっちゃいますよ?」
人の良さそうな笑顔で、田宮が近付いてくる。
ジーンズにゆるいシルエットのカーディガンをはおっただけの軽装。
仕事に行く風ではない。
反射的に、一歩退いた。
「あの……今日は、休みをもらったから」
「休み? へえ、珍しいですね……何か大事な用でも?」
「そ、そうなんです……ごめんなさい、ちょっと急ぎますから」
駆け出そうとしたとき、思い切り強く腕を掴まれた。
肩からビニールバッグが滑り落ちる。
拾い上げようとした手を、先のとがった靴で蹴られた。
悪い予感。
夕陽はもう見えない。
薄闇に包まれた空間で、マヤは手の痛みに呻いた。