12 魔眼の暴走-1
(王族というのは、どこの国でも多忙なのだな……)
寝台の中でカティヤは何度目かの寝返りを打った。揺れ跳ねたプラチナブロンドが、敷布に新しい波を打つ。
日中、ベルンや兵達と槍の訓練に付き合い、クタクタなのに眠れない。
(いや、別に……このまま王子と顔をあわせなくとも……期限がきたらさっさと帰ればいいだけで……)
ごろごろ寝返りを打ちながら、眉をしかめる。
あの妙な夢を見た夜から、もう4日。
アレシュとろくに顔をあわせていなかった。
城自体が複雑な作りをしているし広いので、片方が多忙に動き回っていれば、同じ建物内にいても会うのは難しい。
アレシュはエリアス共々、非常に多忙そうで、二人で話す機会どころかまともな会話をする時間もない。
王族が有閑な生活をしているというのは、庶民の勝手な妄想で、実はかなり過酷な職業。
特に自治領をもち、仕事熱心な統治者であれば、休暇をとるなどごく稀だ。
ジェラッドの国王もそうだし、それを非難するつもりなど毛頭ない。
ただ、城から出ないようにとだけ厳命され、それからなぜか、ベルンとなるべく一緒にいろとも言われた。
ベルンは大喜びでカティヤに付き添い、兵の訓練に付き合ったり力仕事を手伝ったりと、それなりに楽しく過ごしている。
ナハトもバンツァーが来てからすっかり落ち着き、傍目にもわかるほど二匹で仲むつまじい様子だ。
それは結構なのだが……カティヤの中には、しだいにモヤモヤした気分が溜まってく。
(これではまるで……いや、そんなことはない!)
枕に顔を埋め、無理やり目を瞑った。
アレシュと話せないのが寂しいなど、そんなはずはない。
深夜。
遠くから激しい物音と振動が聞え、カティヤは寝台から跳ね起きた。
傍らの槍を掴み、廊下へ飛び出す。
今の振動は、まちがいなく城内から起きたものだった。
少し走ったところで立ち尽くしている衛兵に、勢い込んで尋ねる。
「何があった!?」
「ご心配には及びません、カティヤさま」
ところが、衛兵はしごく冷静に返答した。
立ち尽くしていたわけではなく、単に見張りをそのまま続けていたのだと知る。
「な……しかし……」
そう言っている間にも、何かが暴れているような音と振動は、何度も繰り返されている。
戸惑うカティヤに、若い衛兵は声を潜めて囁きかけた。
「アレシュさまの魔眼暴走が始まったのです。部屋の結界は頑丈ですし、城の者は慣れっこですよ」
「これが……?」
「普段はエリアスさまが更に結界を張るので、ここまで音は大きくないのですが……ご不在なので、念のため近づくのは避けたほうが宜しいかと」
「すみませんね。思ったより早く起きてしまいましたか」
にょっきりと、床から生えたように、いつのまにかエリアスが二人の傍らに立っていた。
「エリアスさま!?」
衛兵とともに、カティヤも仰天する。
まるで気配を感じなかった。
大きなカバンを脇に抱えたエリアスは、いつも文官服に銀色のマントではなく、ありふれたシャツとズボンに、こげ茶色の地味なローブを羽織る姿だった。
見慣れないラフな服装に加え、急いで来たのか、多少息が切れているのが、少し意外だった。
エリアスはいつも、どこか造りものめいた完璧さを雰囲気としてまとっている。
そんな彼も血肉のかよった人間なのだと、カティヤは妙に感心してしまった。
「カティヤさま……ちょうど宜しかった。一緒に来ていただけますか?」
そして、エリアスから真摯な目でそう要求されたのに、また驚いた。
「王子の所へですか?」
「はい。申しわけございませんが、身支度を整える時間はございませんので、すぐお願いします」
それだけ言うと、エリアスは返事をまたず、廊下を駆け出した。
一瞬、ポカンとしてしまったが、自分の格好を思い出す。
片手に槍を持っているのは良いとして、寝巻きに裸足だ。
「……仕方ない」
この際、体裁など言ってはいられない。
そのままカティヤも、エリアスの後を追って走り出す。