12 魔眼の暴走-2
例の牢獄めいたアレシュの私室には、あの日以来、入った事はなかった。
城の奥まった部分にあるこの部屋は、扉さえも頑丈な一枚岩で出来ている。
「エリアスさま。やけに熱くはありませんか……?」
廊下の端でも、むわっと熱気が襲い掛かってきた。
部屋の中で溶岩が煮えたぎっていると言われても、信じてしまうだろう。
「今、熱を抑えます」
かばんを投げ捨て、エリアスが指印と呪文を組み合わせた。
青白い光が廊下全体を滑っていき、熱気がみるみるうちに冷えはじめる。
「もう少しすると、一度音が途切れます。そうしたらすぐ、部屋に入ってください……武器はもたずに」
「……え?」
廊下の熱は収まっているが、室内の音はまだ聞こえ続けている。
獣のような咆哮と、何かがぶつかる音があわさったような、表現しがたい不気味な重音だ。
そこに、素手で入れと言うのか。
「お願いします」
小さな子どもを励ますように、エリアスが微笑みかけた。
「アレシュさまを助けられるのは、貴女だけなのです」
「私が……?なぜ……?」
音はいっそう激しくなり、冷や汗がカティヤの背を伝う。
夢の黒い竜が、脳裏に蘇る。
暗く不気味な室内。
泣き出したくなる程の閉塞感と恐怖。
黒鱗の少年。
黒と金の魔眼……
そして……不意に、静寂が訪れた。
「っ!」
覚悟を決め、槍を投げ捨てる。重い扉をがむしゃらに開き、飛び込んだ。
――一瞬、あの夢の続きを見ているのかと思った。
敷き詰められた玄武石全てで魔法文字が鈍い銀色を放っている。
簡易寝台はメチャクチャに壊れ、消し炭と化していた。
そしてうす暗い部屋の中央に、アレシュが膝立ちになっていた。
顔を天井に向けているが、表情は虚ろで、そのくせ魔眼は異様にぎらつきいている。
カティヤが入った事にさえ、気付かないようだ。
「アレシュ王子!」
王子は、いつもの黒い服を着ているのかと思った。
だが駆け寄り、その黒が全て硬い鱗なのに気付いた。
手や顔はアレシュのままだが、首元から肘の辺りまでと、足首までも黒い鱗に覆われている。
「王子!」
反応のないアレシュの前に膝を付き、両肩を掴んで揺さぶった。
「……」
ゆっくりとアレシュが顔を向け、魔眼がカティヤを捉える。
「……カ……ティヤ……」
黒鱗に覆われた腕が、震えながら差し伸べられた。
「……ぁ」
思い出した。
途切れてしまった夢の続きを。