11 仮面の女 *性描写-3
――男は裏社会に生きて長い。
スリルに満ち金銭的にも潤ったが、所詮は後ろ暗い身だ。
一箇所に留まる事はできず、国中あちこちを転々としている。
素性も知れぬ相手に、自分の『仕事』をベラベラ話すのが自殺行為など、百も承知だ。
なのに危機感はすっかり蕩けきり、理性も無きに等しかった。
この女の中に果てたい。その許しを貰いたい。それしか考えられない。
問われるまま、操り人形のように語り、上目で女の機嫌を伺う。
「う……もう、いいいだろ……?」
「まだ駄目ですよ。ご褒美が欲しかったら、もっと話してくださいませんと」
女が腰を浮かせると、膣壁がねっとり男に絡みながら、抜かれていく。
無数の肉ひだ一つ一つに意思があるように、男性器を愛撫し、ゆるやかに引き抜かれていくだけなのに、凄まじい愉悦が男を襲う。
「うっ!く、あ、あ……」
今にも射精する直前、しなやかな指が結合部にもぐりこみ、男根の根元をぐっと押さえた。
「あぐっ!」
せき止められた熱が暴れ、苦しさに男が歯を食いしばった。
「さぁ、貴方の研究成果、全てお話ください」
妖艶な声音で、女が催促した。
室内に充満するのは、濃密な情交の空気。
粘膜同士が擦れる濡れた音に被さって、非常に難解で高度な魔法薬への質問が投げかけられる。
そして、苦痛なほどの快楽に声を上擦らせながらも、男の返答は正確だった。
これでも裏社会では名の知れた薬師だ。
絶妙な加減で女は与える快楽を操作し、快楽と焦らしの飴と鞭を繰り返す。
聞きたい事を全て引き出すと、女はようやく手を離してくれた。
男の腹に両手を付き、急激に激しく腰を動かす。
「っ!お、おいっ!そんな急に……っ!!!」
ざらつきの多い膣穴が、狂ったように男を締め上げる。
襲いくる快楽が尾てい骨から背骨を伝わり、脳髄まで震え上がらせた。
男の四肢が激しく突っ張り、女の胎内へ、思い切り熱い飛沫を吐き出す。
「う……ぅ……」
女は唇を噛みしめ、辛そうに呻いた。
それでも子宮口は亀頭にきゅうきゅう吸い付いて精液を吸い取り、内ひだは1滴残らず搾り取ろうとするように、男のものが小さくなるまで蠢くのをやめなかった。
「――なぁ、せめてツラを拝ませてくれよ」
事が終わると、さっさと身支度を整えてしまった女に、寝台の中から男は声をかける。
身体しか知らないこの女に、すっかり惚れこんでしまった。
「これ以上関わらないほうが、お互いに宜しいでしょう」
感情の籠もらない声で、女が答える。
「そんな事言わないでくれよ。もしアンタが商売敵だって、恨みやしねーって」
笑いながら、男は裸のまま立ち上がり、手を伸ばした。
「っ」
不意を喰らった女から、仮面が落ちる。
涼やかな目元が露になった。
「はぁ、こりゃまた……」
官能的な体つきとは裏腹な、冷たいほど整った中性的な美貌を前に、男の目が丸くなった。
「ん?まてよ。アンタ、どっかで見たぜ……クソっ……確か……」
こめかみを押さえた男がブツブツ呟くのを、女の紺碧の瞳が冷たく眺める。
形の良い唇が、気付かれないほど小さく動きはじめた。
「……そうか」
男の目に、ギクリとした色が走った。
「見たのは、アンタにそっくりなツラした男だ。アンタ……双子か?」
ゆっくりと、女が首を横に振った。
「じゃ、他人の空似か?アンタ、魔眼王子の側近に……」
男が最後まで言うより、女が死の呪文を唱え終わるほうが早かった。
眉間をトンと軽く突かれ、そこから全身に青い光が走ったかと思うと、声も立てずに男は絶命した。
両眼と口を大きく開けたまま、寝台へ仰向けに倒れこむ。
「そっくりでしょう?本人ですから」
女は仮面を拾い上げて付けた。
遺体へ布団を被せ、何食わぬ顔で宿を出る。
娼婦や酔客でにぎわう通りをしばらく歩き、建物同士の隙間に適当な暗がりを見つけた。
影のように入り込み、少ししてからまた影のように出る。
「はぁ……残念ですねぇ」
エリアスは、仮面と女物の服を入れたカバンを抱えなおし、軽いため息をついた。
善悪は抜きにして、優れた才能は好ましいと思っている。
違法薬や危険な薬を造る罪人だとしても、あの薬師は非常に優れた才能の持ち主だった。
個人的に恨みもないし、できれば殺したくはなかった。
(しかし……やっぱり、これは気色悪いですね)
うっかり情交まで思い出してしまい、眉を潜めて身体を震わせた。
魔法はともかく、剣や腕っぷしにはあまり自信がない。
これは比較的簡単に情報が入手できる手段だが、二度とやるまいとそのたびに後悔する。
宿でも簡単に身体を拭いたが、まだ気持ち悪くてたまらない。
(とにかく、風呂!お風呂です!)
市街の公衆浴場は、この時間ではとっくに閉っている。
城勤めの身に、今だけは心から感謝した。