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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第10話-38


  【双葉大】|000|000|20 |2|
  【仁仙大】|010|100|06 |8|


 7回までの、手に汗握るような試合展開は既に霞んでいた。
 絶対のエースとして、マウンドにいる大和が、まるで糸の切れた凧のように制御を失い、立て続けに安打を打たれ、本塁打を打たれ、大量失点を喫している。
「Oh……make a misstake」
 エレナも、突然の乱調に陥った大和に対して、動揺を隠せず、投手交代の時期を見誤った自分に気づいたときは、もう取り返しのつかないことになっていた。
「タイム」
 そんな中で、静かに桜子がタイムを取った。彼女には、ひとつの確信があった。
「………」
 その桜子が、マウンドに近寄る。大和は、頬のひとつもはたかれるかもしれないと、半ばやけになったような気分で、近寄ってくる桜子とは視線を合わせようともしなかった。
(えっ…)
 ふわ、と何かが身体に覆いかぶさった。それが、桜子の抱擁だと気がつくのに、大和は随分と時間がかかってしまった。
「大和。お願い、ひとりにならないで」
「!」
 桜子の声は、優しかった。彼女を裏切るようなピッチングをしている自分を、それでも責めずに、こうやって包み込んでいる…。
「あたしが、いるよ」
「………」
「試合、まだ、終わってない。最後まで一緒に……がんばろ?」
「……ごめん」
 自分が、本当に情けなかった。桜子の優しさに、一度は立ち直っていながら、葵と直接対峙することになって、またしても自分を見失ってしまった。
 桜子が、いてくれるのに…。これほどの裏切りを犯してもなお、彼女は自分を励まし、一緒に戦ってくれようとしている。
 その気持ちに応えられないのなら、もう彼女の側にいる資格はない。
「ごめん、桜子っ」
 大和は、唇を噛んだ。血が出るくらいに、強く噛んだ。そうしないと、涙がこぼれそうだった。
「あー、試合中だよ」
 投手の奮起を促すものだとは思うが、男女同士のハグであることに変わりはない。二塁塁審の注意を受けて、ようやく桜子はその抱擁を解き、最後に笑顔を大和に向けてから、自らのポジションに戻っていった。
(………)
 大和はスコアボードをもう一度、見る。自分が壊してしまった試合を、目に焼き付ける。
(もう、迷うものか)
 桜子が、そこにいる。自分には、何よりも変えがたい、その“真実”がある。
 葵は、自分の目の前からいなくなった。どんな理由があったにせよ、いなくなってしまったのだ。
 しかし、桜子は違う。側にいる。どんなに無様な姿を晒しても、自分を認め、引き寄せて、優しく叱咤してくれる。
(迷うもんか!!)
 大和は、大きく振りかぶって、桜子が要求してきた“スパイラル・ストライク”を投じた。それは、この試合で一番の軌跡を描いて、桜子のミットを高々と鳴らした。
「おぉっ!」
 完全に打ち崩されたと思われた、大和の見違えるようなストレートに、場内が沸く。それでも、すでに試合は決したと見て、観客席から立ち去っていく人々もいるが、大和には何の関係のないことだ。
「うおおぉぉぉっ!」
 雄たけびを上げて、大和が二球目を投じる。それは、外角低めのストレートである。その、はずであった。
「!」
 グンッ、とボールに急激なブレーキがかかり、ストレートはスライドしながら、最後にストンと落ちた。
「!?」
 ワンバンドして高く跳ねたそれを、ミットに収めることはできなかったが、桜子は後ろに反らさず、身体で受け止めた。
 ストレートのはずだったのだが、力みで指のかかりを誤ったのか、まるで、ドリーマーズの松永が投じたような“カットボール”のようになっていた。もちろん、松永のカットに比べると、その変化の軌道は凄まじく、言葉に表すこともできなかったが…。
 もう一度、外角低目を要求する。
 大和は大きく頷いてから、やはり大きく振りかぶって、桜子の要求するとおりの球を投じた。
「ストライク!!! バッターアウト!!」
 今度は変化することなく、鋭い軌跡のストレートがミットを貫いた。無意識の変化球に呆気に取られていた相手打者は、スイングも出来ずに見逃しの三振に倒れた。
「ストライク!!! バッターアウト!!!」
 続く打者も、大和の気合に押されるように、スイングアウトの三振に終わった。
「おおおおおおぉぉっ!!」
 その瞬間、マウンドの上で、大和は吼えた。大量失点を喫してしまった自分に喝を入れるように、いつもの冷静さなど何処かにかなぐり捨てたかのように、その感情を顕にして、喉から溢れさせていた。
 胸の中に突き立った“棘”の痛みは、もう感じなくなっていた。


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