10 二匹の飛竜(人外性描写)-2
――ナハトはよく、怖くて悲しい夢を見る。
暗い闇の中、隣に寄り添っている暖かさが急に消え、取り残される夢だ。
騎士団や里の厩舎なら、いつも他の飛竜が一緒に眠っていたから、夜中に起きても寂しさを紛らわせた。
カティヤがここにいると言うなら、ナハトは自分だけ帰ろうとは決して思わない。
南国の果実は美味しいし、アレシュ王子やエリアスも気に入った。
〔でも、早く帰りたいなぁ…〕
夜がくるたびに、騎士団の厩舎が恋しくなる。
今朝、たくましい鳴き声で目を覚ましたナハトは、一瞬まだ夢を見ているのかと思った。
夕べの真夜中、何か騒がしかったのは感じたが……。
ベルンとバンツァーの姿が見えた時は、あやうく厩舎を壊して飛んでいく所だった。
〔バンツァーおじさま!?おじさま!!〕
有頂天になって翼をばたつかせた。
バンツァーは真面目すぎるし、歳も離れている。
一緒に遊んでふざけあうのに最適な相手とは言い難いが、誰よりも頼りになる飛竜だ。
しかも、続く言葉は更に嬉しいものだった。
〔ナハト。おぬしらが帰るまで、我らもここに滞在する事になった〕
今すぐ帰ろうと言われれば、それが一番嬉しかったが、バンツァーが一緒に居てくれるなら、それで十分だ。
暖かな鼻先で頬をくすぐられ、尻尾の先まで幸せが満ちる。
しばらく鼻先を擦り合わせたあと、おずおずとナハトは鳴いた。
〔おじさま……ごめんなさい。あたしが付いていながら……〕
〔いかなる時も主を無事に返すのが一人前の飛竜だ。カティヤが連れ去られたと聞いた時、我が主の狼狽振りときたら、眼も当てられないほどだったぞ〕
ギロリと睨むバンツァーはあくまで厳しく、ナハトは身を縮めさせた。
〔ごめんなさい……〕
〔まったく。どれほど心配したことか〕
〔カティヤは絶対に守ってみせるわ〕
〔当然だ。だがな、俺はおぬしの身も案じていたのだ〕
縦長の耳を甘噛みされ、ナハトの心臓が締め付けられる。
お腹の奥がキュンと疼いて、尻尾の付け根がゾクゾクした。
バンツァーの傍にいると、よくこういう気分になる時がある。
たとえば、怖い夢に起きた後、抱き寄せてもらう時とか、新鮮な野菜を口移しに貰う時とか。
久しぶりにバンツァーと取る朝食は、とびきり美味しかった。
ただ、妙なゾクゾクは強くなっていく一方で、しまいにナハトはようやく、自分が何をしたいのか気付いた。
黙々とニンジンを噛み砕くバンツァーに鼻先をすりつけ、ねだる。
〔……あたし、おじさまに種付けして欲しい〕
〔がふっ!?〕
むせこんだバンツァーの背をさすり、もう一度強請った。
〔おじさまに種付けしてもらって、卵を産みたいの〕
〔ごふっ!……う……〕
ようやく息を整えたバンツァーは、そっけなく首を振った。
〔おぬしはまだ若すぎる〕
〔もう!都合の良いときだけ一人前になれっていったり、子ども扱いしたり、勝手なんだから!〕
〔そもそも、俺とおぬしでは、大きさも違いすぎるだろう〕
そう言われ、ナハトは改めてバンツァーと自分の体格差に気付く。
同じ飛竜でも、倍近くは違う。
バンツァーがおかしそうに笑った。
〔そうだな、あと三十年も経てば、おぬしもそれなりに身体が大きくなる。俺はずいぶん歳を食っているだろうが……まだ現役だったら、お相手願おう〕
〔明日の事だってわからないのに、三十年なんて無理!〕
抗議したが、頑固な年長者はまた首を振る。
〔それなら数年後、同じ年頃の飛竜を選ぶ事だ〕
〔おじさまが良いの!だって、だって……〕
突然いなくなったママの記憶はもう朧げで、夢の中でさえ思い出せない。
騎士団の皆が……バンツァーが傍にいる日常でさえ、こんなに簡単に崩れてしまった。
『当たり前』も『ずっと』も有り得ないのだ。
そう思ったら、もう止らなくなった。