9 牢獄の黒い竜-1
9 牢獄の黒い竜
深夜の奇妙なやりとりは、こうして終わった。
「ベルンハルトさま。お部屋にご案内いたします」
廊下で待機していた小柄な侍女に、ベルンは礼儀正しく会釈する。
「世話になる。このような時間に押しかけ、誠にかたじけない」
「と、とんでもございません、仕事ですので」
少々暑苦しい部分はあろうと、ベルンは十分に魅力的な部類に入る威丈夫だ。
心なしか顔を赤らめ、侍女があわてて首を振る。
「竜騎士団は、相手の身分問わず礼儀に厳しいと聞きましたが、噂にたがわなかったようですね」
エリアスに小声で囁かれ、カティヤは苦笑する。
「兄も普段であれば、今回のような行いはしません」
ベルンに用意された客室は、カティヤの部屋と少し離れているらしいが、さすがにそこまで文句は言わなかった。
「とにかくカティヤが無事で、今夜は良く眠れそうだ」
「確かめてくれてもいいぞ。なんなら明日は、久々に稽古をつけてくれ」
しみじみと呟く兄の胸板に、軽く拳を押し付けた。
幸せ、というものを実感する。
自分の姿が見えないだけで、心を痛めてくれる人がいる……。
形もなく食べれもせず、銅貨一枚でも買い取ってはもらえない、単なる感情だ。
それでも、どんな宝とだって引き換えにしたくない。
「ああ、そうしよう」
白い丈夫な歯を見せ、ベルンが笑う。
大きな手にクシャクシャと髪を撫でられ、カティヤは目を瞑って軽く顔をあげる。
慣れた習慣で、ベルンが閉じた瞼に口づけた。
――と。
「っぐ!!」
背後でアレシュのうめき声が響いた。
「アレシュ殿?」
驚いて振り返ると、アレシュはとても奇妙に顔をしかめたまま立ち尽くしている。
「いえいえ、なんでもございません。それではベルンハルト殿、ゆっくりお休みください」
傍らのエリアスが、にこやかに促す。
ベルンも不思議そうにアレシュを見たが、一瞬気遣わしげにカティヤを眺めた後、侍女について大人しく回廊を曲がっていった。
「わたくしも、失礼いたします」
エリアスも優雅に一礼し、素早く去ってしまった。
細身の後姿が見えなくなった途端、微動だせず固まっていたアレシュが、大きく息をしてよろめく。
「っ!エリアス……っ!金縛りなんか掛けて……」
どうやら動かなかったのではなく、魔法で動けなかったようだ。
「様子がおかしいと思いましたが、一体どうなされたのです?」
カティヤは驚き、首をかしげる。
前から、エリアスはアレシュに遠慮がまったく無いと感じていたが、さしたる理由もなく主人に金縛りをかけるような人でも無いはずだ。
しかし、なぜかアレシュは完璧に拗ねた顔でそっぽを向いてしまった。
「部屋まで送ろう」
感情を無理に押さえ込んでいるような、硬い声。
カティヤの返事を待たず、先に立ってスタスタ歩き出す。
慌てて後を追い、迷路のような回廊を歩きく。