9 牢獄の黒い竜-3
――冷たい石作りの部屋には、床も天井も壁も、刻まれた細かな魔法文字が鈍い銀色を放っている。
その光は牢獄じみた部屋の主を戒めると同時に、明かりの役目も兼ねていた。……とはいえ、申し訳程度の弱々しい光でしかない。
生肉を乗せた盆は、三歳の幼女には重かったが、ひっくり返さないよう注意しながら運ぶ。
< この部屋の主へ食事を運ぶ。 >
それだけの単純な仕事だが、使用人は誰もが嫌がり、最終的に身寄りのない小さな奴隷娘へ盆を押し付けたのだ。
幼女の靴が、うっかりネズミの焼死体を踏み潰した。
哀れな小動物は、おそらく迷い込み、一瞬で高温にまかれたのだろう。細い尾まで完全な形を保って炭化していたが、乾いた音を立ててあっさり崩れた。
「ぎ……」
部屋の奥、暗い色をした石の上でうずくまっていた影が跳ね起きた。
まだ幼い少年だった。――少なくとも、輪郭はそうだった。
だが、まるでリザードマンのように、顔から指先まで全て硬い黒の鱗に包まれていた。
少年の両眼が、警戒を剥き出しに幼女を睨んだ。黒い瞳孔の周りを、細かな金模様が囲んでいる。
汚れた緋色の髪は腰までも伸び、猜疑と警戒を剥き出しにした眼と相まって、捕らわれの竜を思わせた。
両手足には頑丈な枷がはまり、太い鎖で壁につながれている。それにも魔法文字が刻まれている。
幼女は恐怖に身を震わせ、悲鳴と唾を飲み込んだ。
ほの暗い室内は不気味で、焦げた嫌な匂いがして、今すぐ泣き叫んで逃げ出したい。
でも、これをやらないと追い出すと言われた。
泣いたって、誰も助けてはくれないのだ。
『たったこれだけで……』
盆を渡した年上の奴隷から、諭された。
魔法の才を持たず、小さすぎて役に立たず、身寄りもなく、特技も無い。何もないお前が、この食事を届けるだけで役に立つんだよ、と。
『お前がこの城で食事を得る条件だよ』
――誰だって、食べなくては死んでしまう。
震える足を動かし、闇に光る黒と金の瞳に近づいた。
(怖くない、怖くない。)
必死で自分へ言い聞かせる。
あんなに睨むのは、お腹がすいているからだ。
食べられるのは私じゃない。盆の上の食事。
ごはんが欲しいだけ。
あの竜も、私と同じ。
――誰だって、食べなくては死んでしまう。
だから、こわく、ない。
黒い鱗に覆われた腕が伸びる。
鋭い鉤爪が宙を斬る音がした。
盆が床に落ち、肉が飛び散る。
幼女の喉から悲鳴が上がった。
――――朝日が差し込み、カティヤは目を覚ました。