7 崖淵の拾い子-3
「――数日前、川の流れが大幅に変わりました」
思い返せば、それが始まりだ。
「今まで通らなかった谷間に水が流れるようになり、さまざまなものが押し流されたそうです。……このペンダントも、おそらくあの谷間から流れてきたのかと」
カティヤの首にかかったペンダントは、衣服の下で今もぼんやり輝き続けている。
「そうか……」
俯き加減でじっと聞いていたアレシュが、不意に顔を上げた。
「すまなかった」
「え?」
「事情も聞かず、不実だなんだと責めてしまったな」
「い、いえ……では、私の事を教えていただけますか?」
「イヤ。それは断る」
ドきっぱり拒絶され、ベンチからずり落ちそうになった。
「そんなっ!」
「俺から教えたら、カティヤを引き止められないだろう」
黒と金の眼が、射抜くようにカティヤを見つめている。
「それとも、今教えたら、このままずっといてくれるか?」
「それは……」
目を伏せ、俯いた。
過去がどうあれ、今のカティヤは竜騎士であり、それに誇りを持っている。
故郷の大切な養父母も、今更離れるような存在ではない。
「……それでも、私は手持ちの札を明かしたのに、そちらは無しというのは、不公平ではありませんか?」
「ふぅん……それもそうだな……」
アレシュは何か思案していたようだが、不意に身体を寄せた。
「俺の持ち札を見せる。少し触れてもいいか?」
反射的に身を引こうとしたが、間近に迫った魔眼から眼が逸らせない。
「あ……」
(――オレ、カティヤ、スキ……)
ひび割れざらついた、獣のような声がかすかに聞えた。
思わず頷いてしまうと、ふわりと羽根のように抱きしめられた。
「……?」
体中に、見えない何かが溢れこんでくる。
冷たいそれは、カティヤの中で別の存在に作りかえられ、暖められ全身へと行き渡る。
体中に、魔力が満ち溢れる。
「!?」
単なる魔力の受け渡しではなかった。
突き放す事もできず、抱きしめる腕に力が籠もる。
「王……子……?」
流れ込む魔力の感覚を、体中の細胞が憶えている。
「あ……あ……」
「カティヤ……君に魔力を植え付けたのは、俺なんだ。魔眼の暴走を……」
『殿下!!上空からドラゴンの侵入です!!』
突然、訓練場に緊急伝令が鳴り響いた。
「!」
構築されかけた記憶は、一気に霧散してしまった。
「「ドラゴン!?」」
身体を離した二人は異口同音に叫び、顔を見合わせてしまった。
『この近くにドラゴンはいないはずだぞ!?』
『で、ですが……っ!それに、誰かが乗っています!!』
それ以上の伝令は必要なかった。
翼のはためく音とともに、巨大な影が夜空を覆い隠し、辺りが暗くなる。
「停まれ!!停まれ!!!!」
見張り台の兵が怒鳴り、矢をつがえた。
「待って!!あれは……あれはドラゴンじゃない、飛竜です!!」
カティヤは見張り台に叫んだが、届くはずもない。アレシュが素早く伝令声を飛ばした。
『全兵、攻撃するな!!それから侵入者!!話があるなら一度降りて来い!!!』
侵入者は、話し合う気があったらしい。
巨体が降りてくると、巻き起こった風で芝が飛び散った。
「たのもーう!!!!」
巨大な飛竜の背から、朗々たる声が雷のようにとどろく。
「やっぱり……兄さん!!!」
裏庭へ着地した竜騎士へ、カティヤはあわてて駆け寄る。
あの声は間違えようが無い。
真夜中の不法侵入者は、竜騎士団長の兄・ベルンハルトと、その飛竜バンツァーだった。