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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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7 崖淵の拾い子-2

 ***

 十七年前。
 飛竜使いの長は帰宅途中、とんでもない光景に目を剥いた。
 山の崖道で馬に乗った一人の男が、抱きかかえていた幼女を崖下へ放り捨てたのだ。
 慌てて飛竜を駆り、なんとか宙で幼女を抱きとめたが、薬か何かで眠らされていたらしく、ぐったりと意識を失っている。
 男は顔を隠しており、親子心中という様子でもなかった。
 長が怒鳴りつけるより先に、突然の飛竜に男の乗馬が驚いた。
 足を踏み外し、人馬もろとも崖下に転落していったが、その時男の手から、銀色の光るものが一緒に落ちていったらしい。
 落ちた場所は、飛竜も入り込めないほど細い裂け目。
 ここに落ちた物は、絶対回収不可能と言われる場所だ。

『……おぬし、運が良かったと思うべきだぞ』

 困惑したが、とにかく長は幼女を自宅へ連れ帰った。
 幼女は眼が覚めると、どうしてここにいるのか不思議がったが、泣いて困らせる事もなく、よく飯を食べた。
 名前を聞くと、『カティヤ、歳は三つです』とスラスラ答える。

『一緒にいたのは、親だったのか?』

 長が尋ねると、やはり首をふった。

『ううん、知らない人です』

『そうか。身寄りがいるなら送ってやるが、どこに住んでいた?』
『いない……とおもいます。よく思い出せないの』

 これでは困ったと頭を掻くと、隣りにいた妻が優しく尋ねた。

『カティヤちゃん、お家の名前はなんていうのかしら?』

 今度はまた、きっぱり首を振った。

『ありません。わたし、蛮族だから』

 長夫婦は、顔を見合わせる。
 確かに、カティヤという名は蛮族の女性に多いし、どの国でも蛮族は家名を持つ事を許されないが……。

『蛮族?おぬしは魔力持ちではないか』

 能力の高低を計るには測定器が必要でも、魔法使いであれば、相手の魔力の有無は一目でわかる。
 まぎれもなく、カティヤは魔力を持っていた。
 魔法使いと蛮族の間に出来た子も、魔力を持っていれば平民と認められる。
 たとえ親がいなくとも、適当な家名を必ず与えられるはずだ。

 思わず鋭くなった長の指摘に、カティヤはビクリと身体を奮わせる。

『そ、そうだとおもったの……わたし……よくわからないけど……』

『あなた。小さな子を相手に何ですか』

 妻に厳しい視線を送られ、長は大柄な身体を縮める。
 その様子がおかしかったらしく、カティヤは涙目のままケラケラ笑った。
 恐怖で記憶が混乱しているのだと判断し、長はそれ以上の質問をやめた。

『ねぇ、あなた。なんならウチで引き取りましょうよ』

 仲良く眠っている息子とカティヤを眺め、妻がせっついた。前から娘を欲しがっていたのだ。

『しかしなぁ……』

 幼女の身なりは見苦しくない程度の質素な物で、これといった身元を示すものはない。話す言葉は大陸共通語。怪しい程の身元不明瞭だ。
 長としても娘は欲しかったが、すぐは頷けなかった。
 子ども一人を始末するのに、あの男はなぜわざわざこんな山奥まで来たのか、気になったのだ。
 妻に曖昧な返事をした長は、明くる朝の光景で決意した。

 いつの間にかカティヤは飛竜の小屋に入り込み、巨大な竜達に恐れもせず小さな手から餌を与えていた。
 竜たちの方でも、ずっと前から知っているようにカティヤを受け入れている。

『おはようございます。長さま』

 長に気づいたカティヤが、ぺこりとお辞儀すした。それなりの礼儀作法を仕込まれているらしい。
 ますます奇妙だと囁く警戒心に、長はもう耳をかさなかった。

『おぬし、これに乗れるようになりたいか?』

『この子たちに……?はい!!』

 嬉しそうに答える(娘)を抱き上げた。

『ならば、たった今から、おぬしはカティヤ・ドラバーグ。我が娘だ!』

 カティヤ自身、今でもあのやりとりは憶えているが、不思議で仕方ない。
 あの時確かに、自分は蛮族だと思っていたのだ。

 なぜ自分が殺されかかったのか、どこでどんな生活をしていたのかも、霞がかかったように思い出せない。
 義父は念のため、山の近くで誘拐された子どもがいないかも探ってくれたが、該当するような子はいなかった。
 そしてカティヤを実子同然に育ててくれたのだ。

 多分、自分は誰かにとって邪魔な存在で、排除されかかったのだと思った。
 だが、新しい家族に十分愛され満足していたから、今まで悩む必要も無かったのに……。


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