3 稀代の竜姫-3
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「もっと真剣に考えろ」
アレシュが眉を潜める。
「五秒しか待てない貴方にも、問題がある」
無茶な言い分に、思わず魔眼を間近で睨んでしまった。
だが、危険なはずの瞳は、王子の意思が伴わなければ、何の威力も与えないらしい。
金色の細かい模様が刻まれた魔眼は、普通の人間と同じように……普通より、やや熱っぽいものを込めて、カティヤを見つめていた。
「……」
恋人同士のように至近距離で見つめ合っても、照れよりこの魔眼を見つめていたい気持ちが勝つ。
これで酷い目にあわされたのに、とても美しくて、目がそらせない。
それだけでなく、やはりどこか懐かしい気さえする。
「どこかで……?」
見覚えがあるのだ。とても親しい何か……
「……………………あ」
カティヤの喉から小さな声があがる。
「思い出したか!?」
「ナハトだ!!」
「……は?」
眉を潜める王子と裏腹に、喉につっかえた小骨が、すっきり取れた気分だった。
「ナハトの目にも、薄いがこんな模様が刻まれていた……というより、飛竜の目にはどれもある。見覚えがあるわけだ」
「……」
唐突に、視界がクルンと上向いた。
柔らかな寝台へ押し倒された身体を、のしかかった男の重みが更に沈める。
「ショック療法という手もあるぞ」
危険な低い声が、耳元に囁かれ……
「うああああああああああぁああーーーーーーーーーーっ!!!!」
カティヤの意志と無関係に、絶叫がほとばしった。
「っ!?」
驚いたアレシュの顔が、見る見るうちにぼやけていく。
両目からボロボロ涙が溢れ出て、耳の上を伝っていった。
両腕で顔を隠しても、なかなか止らない。
切れるほど唇をかみ締め、嗚咽を無理やり飲み込む。
泣くな!泣くな!!私は竜騎士だ!!
もう野盗に負けたりなどしない!!何も怖くなどない!!!
「……冗談だ。悪かった」
身体から重みが消え、重苦しい沈黙があたりに満ちる。
「お、王子……」
顔は隠したまま、何度も息を整え、情けないほど小さな声でやっと口にした。
口にするのは耐えがたかったが、これを聞けば開放してくれるだろう。
茶番はもう沢山だ。
「貴方の探し人であろうとなかろうと……そもそも、私は傷物です」
「傷?」
「……子どもの頃、野盗に陵辱されました」
「……」
「これで気がお済みですか?アレシュ王子」
残っていた涙を袖で拭き取り、視線をそらして深紅の天蓋を睨みつける。
花嫁は処女でなければ……などと、近頃ではあまり言われないが、犯罪者に陵辱されたとあらば話は別だ。
なによりカティヤの身体がもう、異性として触れられるのを拒む。
だから常に武装し、周囲から女性と意識されないよう、武人として振る舞ってきた。
今まで、アレシュの密着に耐えられたのは、性的な欲望を感じなかったからだ。
他人のそういった空気を読み取る事に、すっかり過敏になっていたが……
拉致するまでの執着を見せながら、アレシュから向けられるのは、おどろくほど純粋な愛情だけだった。
「……」
王子の沈黙を了解ととり、あまり力の入らない腕で支えながら、よろよろ身体を起こした。
徒歩で一ヶ月の距離も、ナハトで飛べば、わずか数日だ。
休暇はふいになってしまったが、天災にあったとでも考えよう。
「……?」
手首を掴まれ、カティヤは顔をしかめる。
醜聞が広まらないか、心配でもしているのか……。
「誰しも間違いはあります。このまま帰らせ頂ければ、今回の事は他言しないとお約束しますので、ご心配な……く……?」
とても柔らかく、抱きしめられていた。
こんな事に経験が浅いカティヤでにも、どれだけ慎重に……傷つけまいと気づかっているかが、ひしひし伝わってきた。
「……カティヤなら、それだけでいい」
掠れた声で、訴えられる。
「だから、もう二度と、置いて行かないでくれ……」
まるで力の込められていない抱擁は、昼間の激しいそれよりも、もっと効果的にカティヤを呪縛した。
……厄介なくらい、強力に。