治療-1
僕の仕事は田舎町でたった一人の整形外科医。
おじいちゃんやおばあちゃんの神経痛の話や、寝違えてクビが痛くなった患者の診察にあたっている、なんの変哲もない医者だ。
今日も一通り仕事を終え、暗くなった外を見つめてコーヒーを飲んだ。
「さ〜て・・・後はブラインドを閉めて・・・と」
2〜3人いる看護婦達も帰って、僕は一人、戸締りの確認をしようとした―――――が。
「ガタン!!バタン!!・・・・あのぉ〜・・・すっ・・すみません・・」
物凄い音と転んだような振動と共に、若い女性の声が聞こえた。
「・・・・・は・・?」
ちょっと怪訝そうな声が出ていたと思う。何があったんだろうと思った。
「あの・・・」
入り口でスリッパを履いて診察室に向かおうとしているその女性は、年のころ22歳くらいと言えようか、仕事を終えて真っ直ぐ来たのか、リクルートスーツに身をつつんでいた。
下を向いて遠慮がちにモジモジしているので、僕から話を切り出した。
「ええと・・腰痛にでもなっちゃいました?」
「えっ・・・あ、いいえ、あの、違うんです・・・」
「肩こりがひどいとか?」
「そうじゃないんですっ・・・すみません・・・」
「あー・・・診察時間はとうに過ぎていますけど、僕が診察するんで、遠慮しないでお話して下さい?あぁ、立ち話もなんですから、診察室へどうぞ」
何か言い出せない訳があるんだろうと思った僕は、自然と彼女を促し、診察室へ招き入れた。
コーヒーメーカーでおとしたばかりの暖かいコーヒーを彼女に出し、
「まぁ、若い人は恥ずかしがったりするのが多いですから。コーヒーでも飲んで落ち着いたら話して下さいね」
と、彼女に言った。
すると彼女はチラッと僕を見て「ありがとうございます・・」と呟いた。
――――――やれやれ・・・とんだ客だな・・・
今日の最後の患者は時間がかかりそうだ・・・と内心思いつつ、カルテを取ろうとしたその時。
「あの、私、近藤桃香と言います、ええと、実は、相談したいことがあって・・」
途切れ途切れではあるが、彼女が口を開き始めた。
「ええ、何でもどうぞ。痛みがひどいんですか?」
「いや・・・違うんです、痛みとかじゃなくて・・・」
「あぁ、痺れ?脚とか」
「・・・・・・・」
――――――また黙ってしまった。
フーとため息をついた僕は、彼女が話し出すのを待つことにした。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
何分経ったのだろう。未だ話し出す気配もなく、俯いて困った表情の彼女。
「・・・・あそこが・・・」
何か話し出した。
「私のあそこ、きっと病気なんです・・・ドラマ見てる時とか、とあるシーンで・・・ていうか、えっ、エッチなシーンとかでヌルヌルした液体出てきて、凄くジンジンしてくるしっ・・・・最近なんて、お風呂でシャワー浴びてた時・・・・あっ、あそこに・・シャワーがあたって・・また液体いっぱい出てきてっ・・・あたし病気なのかと思うんです・・」
と、真っ赤な顔をして話す彼女。
僕は言っている意味は理解できた。
きっと彼女は田舎育ちで、まだそういった知識も経験も持ち合わせていないのだろう。
自分の身に何が起きているのか、それが普通なのだということも、まだ分からないのだ。
ただ一つ、どうしても分からないことがあった。
何故彼女は、僕に相談してきたのか――――――
冒頭でも話したように、僕は整形外科医だ。
婦人科の悩み相談室を開設しているわけじゃない。
と、ここまで考えた時、全て結びつく答えがわかった。
――――――隣だ・・・・・
僕の病院は『佐藤整形外科』、隣は『佐藤産婦人科』だ。
しかもここは、田舎町の古アパートをリフォームし、一階部分を整形外科と産婦人科にした。
たまたま姓が同じだった産婦人科の先生と「入り口は隣同士だし、家族でやってると思われそうだね」などと話していたのだ。
彼女は急いでここに来た。
そして入り口を間違えたのだ。
きっとここを産婦人科だと思っているに違いなかった。