男友達-10
次の瞬間、沙織は大山倫平の右腕をグッと引っ張り体を傾けさせたかと思うと、自分はスッと背伸びをして、触れただけのキスをした。
私も土橋修も目を見開いたまま固まってしまい。
当の大山倫平は、呆然としたまま立ち尽くしていた。
沙織は真っ赤な顔で、
「あたしが今好きなのは倫平だけだから」
と、だけ。
しばしの沈黙が周囲に漂い、波の音だけがやけに響いてくる。
沙織や大山倫平が顔を赤くしてただけじゃなく、さすがの土橋修まで顔を赤くして何を言えばいいのかわからない様子だった。
「……そろそろ帰ろっか」
沙織はピンク色に染まった頬でにっこり笑うと、くるりと踵を返して駐車場の方へスタスタ歩いて行った。
沙織の華奢な背中を三人で見つめていたら、土橋修が我に返ったように、
「いやあ、たきつけといてなんだけど、実際見せつけられるとなんか腹立つな」
と言って、大山倫平の少し伸びた坊主頭を思いっきりはたいて、ずんずんと沙織の後を追うように歩き出した。
私は、土橋修の勝手な言い分に呆れながらもついつい笑って、
「……勝手な奴」
と、呟いた。
一方頭を叩かれた大山倫平は、そんなことは気にも留めてない、と言うより叩かれたことすら気付いていないように、ただボーッと沙織の後ろ姿を見ていた。
「……沙織は、オレのこと好きになってくれたのかなあ」
大山倫平は、唇を指でなぞりながら、ボソッと独り言のように小さく呟いた。
「沙織は、ずっと前から大山くんのこと好きになってたよ」
「……マジで!?」
大山倫平はびっくりした顔を私に向けたが、やがてみるみる頬を紅潮させて拳をグッと握りしめ、
「やったーー!!」
と大声をあげた。
私は、喜ぶ大山倫平の様子を見ていたら、自然と自分の顔もほころんでしまっていることに気付いた。
あんなに大っ嫌いなヤツだったのに、なぜだろう。
「石澤さん。オレさ、沙織について知らないことだらけだからよかったら色々教えてくれる?」
大山倫平は少し遠慮がち。
でも喜びを隠しきれてない、キラキラした瞳を見ていたら、私も自然に、
「うん、わかった」
と、笑顔を向けることができた。
すると、彼もまた、ホッとした顔になって、
「ありがとう」
と言った。
たったそれだけの会話だったのに、なんだかとても満たされた気持ちになった。