君ト私ノ秘密基地。-1
私は毎日村で一番高い丘のお気に入りの樫の木に座って村を眺めていた。村も人も全部見渡せてる。そして何より空の全てを知れる。明け方の黄金色の空も、真昼の暑い太陽も、切り裂いたような青空も、雨の湿った空気も、紅と橙が染まり合う夕暮れも全部抱きしめられるこの場所がすき。だから毎日私はここに来た。私の、私だけの秘密基地だった。
でもある日君が突然やってきた。
私がいつも通り丘に登ると人影が見えた。その人影を見た瞬間、私の心臓はひっくり返りそうになった。なぜなら今までここで誰かに会った事なんかなかったからだ。
その人影はゆったりと振り向いた。透き通るような細くて色素の薄い髪の毛がふわりとなびく。そして私が写った深い、深い蒼。
「……何?」
綺麗な外見とは裏腹の失礼な口調に私は我に帰った。
「…っアンタこそ、何?!ここ私だけの秘密基地なんだけど?!」
混乱と動揺と焦り。いろんな気持ちが入り混じった。
「へぇ、自分だけの秘密基地とは図々しいな。」
自分の体温が急上昇するのを感じた。君は、澄んだ蒼色を細め私の横を通り過ぎて行った。
次の日も君はそこに来ていた。私は昨日の事を思い出し何だかすごく気まずかった。でも君は案外優しい声で言った。
「ここってすごくいい場所だな。アンタが一人占めしたい気持ちも分かる。」
そう言うとフッと微笑んだ。私も微笑んだ。
「でしょ?特にこの樫の木の上からだとまた格別っ。」
私達は笑い合った。
それから私達二人はこの丘で話すようになった。村の事、村人の事、空の事。でも私達はお互いの事だけは話さなかった。
君はいつも私より先にいて、私が帰った後もそこにいた。そして君の一人になった横顔がすごく悲しげで切なそうだった。
それが、ずっと気になっていた。だからある日、思いっきって夜の丘に登った。今まで夜の丘に登った事はなかった。怖かった。辺り一面真っ暗闇の世界。いつ自分が闇に溶け込んでしまうか分からない。そんな夜だ。何度か引き返そうとした。でも君があんな顔して、丘の上で一人ぼっちでなのかもと思ったら足は自然と丘に向かった。
できるだけ急いで、できるだけ速く。君の元へ……
息咳ききって登りきった丘の上にいたのはー――…澄み切った蒼色から涙を零した、君の姿。何で泣いていたかは分からない。だけど、月明かりを帯びた君の姿は堪らなく美しい。
君の口が小さく動く。
「…………さよなら。」
初めて逢った時のように蒼い瞳を細めて私の横を通り過ぎて行く。でもあの時と違って悲しそうな蒼だった。
次の日から君は丘に来なくなった。出逢う事が突然なら別れる事も突然すぎた。私は訳が分からなかった。何も言わず私の前から消えた事に怒りもあった。だけど、気付けば私の頬も涙で濡れていた。
私は初めて見た丘からの夜空、ほんの少しも欠けたことのないように満ちた月、何万光年を経て届く星達の光り。そして君に出逢った事、決して忘れない。一生忘れないからどうか、いつか、またこの丘で君に逢いたい。