悪友タイム-1
「おい、龍、」
中学の卒業式を間近に控えたとある金曜日の放課後、クラスメートのたけしが龍を呼び止めた。
「なんだ、たけし。」
「今日は学校早く終わったし、おまえんちに遊びに行っていいか?ひろしと一緒に。」
「ひろしと?」
「ああ。今週発売の雑誌、買ったからってさ。」
「いいよ、別に。」
「じゃあこのままおまえんちに行くから。」たけしは不必要に満面に笑みをたたえながら龍の肩を乱暴に叩いた。
山本たけしも川本ひろしも龍の水泳部の友人だった。現役の頃は、もう一人の友人森本あつしとともにメドレーリレーで何度も大会の表彰台に上った。
「おじゃましまーす!」たけしが海棠家の玄関を入るなり大声で言った。ミカが顔を出した。「おお、たけしにひろし。いらっしゃい。何だこんな時間に。もう学校終わったのか?」
「うん。」ひろしが言った。「今日は早く終わったんで、速攻で遊びにきたんっす。」
「上がりな。龍、牛乳でいいか?」
「俺はいいけど、普通お客に出す飲み物は牛乳ってことにはならないんじゃない?」
「ひろし、背、伸ばしたいかと思ってさ。」
「ほっといてよ、ミカおばちゃん。」ひろしは身長が160aだった。中三にしては小柄な男子だ。
三人は階段を上がっていった。
「入れよ。」龍がドアを開けて二人の友人を促した。
先に部屋に足を踏み入れたたけしが言った。「最近特に思うんだが。」
「何だよ。」
「おまえの部屋って、なんかこう、中学生男子の部屋っぽくないな。」
「そうか?」
「ひろし、お前もそう思わないか?」
「思う。妙に片づいてる。俺たちがこうして抜き打ちで遊びに来ても、ちゃんと片づいてる。謎だ。」
「おまえらと違って俺はきれい好きなんだよ。」龍が言いながらドアを閉めた。
ひろしが腕組みをして言った。「そうかー?だって、お前中一ぐらいまでこの部屋めちゃくちゃ散らかってたじゃねえか。あの頃と比べっと、まるで別人の部屋だぜ。」
「何かあったのか?龍。あれから。」たけしがいぶかしげに龍の顔を見た。
「べ、別に、何も。」
「誰かにやってもらってる、とか。」
「と、時々はな。か、母さんが勝手に片づけてくれてるらしいんだ。」
その時ドアが開いて、三つのコップと飲み物と焼きスルメを載せたトレイを持ったミカが入ってきた。「あたしはこの部屋を片づけたことなんか今まで一度もないよ。牛乳、パイナップルジュース、麦茶、どれでも好きなもの飲みな。」そうして龍にそのトレイを預けて、すぐに部屋を出て行った。
「何で嘘を言う?」たけしが龍を睨んだ。
「これではっきりしたな。」ひろしも低い声で言った。
「な、何がだよ。」龍はそわそわしながら、トレイをぴかぴかで指紋一つついていないガラスのテーブルに置いた。
「おまえが自分でこの部屋を片づけてるわけじゃなくて、誰かにやってもらってるってこと・・・。母親以外の誰かに。」
「怪しすぎる。」
「い、いいだろ、そんなプライベートなことに首突っ込むな。飲み物、どれがいい?」
「たけし、後で追求しようぜ。」ひろしがそう言いながらパイナップルジュースのペットボトルを手に取った。
「そ、それはだめだ。」龍がすかさず言った。
「は?」ひろしが手を止めて顔を上げた。
「パ、パイナップルジュースは飲むな。」
「何でだよ。」納得いかない顔でひろしは龍を睨んだ。「この三つの中で、中学生が客として飲むとしたら、これが一番それらしいじゃねえか。」
「い、いや、おまえ身長伸ばしたいんだろ?牛乳にしろ、牛乳に。」
「大きなお世話だ。」
「何か理由があるのか?」たけしが訊いた。「なんでこのジュース飲んじゃいけないんだよ。」
「しょ、賞味期限が切れてる。」龍が慌てて言った。
たけしはひろしからボトルを取り上げた。そしてそのキャップに刻印されている日付を見た。「賞味期限、来年だぜ。」
「何で嘘を言う?」ひろしが言った。
「これではっきりしたな。」たけしが低い声で言った。
「な、何がだよ。」
「龍、おまえ、パイナップルジュースに何か、特別な思いがあるだろ。」
ひろしが続けた。「そ、俺たちに飲ませたくない理由ってのが。」
「いいから牛乳にしろ、牛乳にっ!」龍はたけしの手からジュースのボトルをむしり取ると、部屋の隅の彼らの手が届かないところに置いた。
「ひろし、後で追求しようぜ。」
「そうだな。」
「ところで、」たけしが眉間にしわを寄せて言った。「なんで焼きスルメなんだ?」
「確かに。こういう場合、普通ポテチかクッキー系じゃねえの?」
「母さんのシュミなんだよ。」