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俺と彼女の話
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俺と彼女の話-1

業務終了後の会社。駅前の繁華街。帰宅ラッシュ。夜の小道。毎日の通勤でお馴染みになったそれらを、俺は早足で通り抜ける。理由は簡単。急ぐだけ早く、我が家(とは言ってもマンションだけど)に帰れる。なんでそんなに急ぐかって? それは…
と、見えてきた。5階建て、築3年のマンションだ。俺達の部屋は一階の、門のロックを外して入れば直ぐの場所にある。つまり、それだけ早く家に帰れるって事。
俺は自然な動きでスーツのポケットから鍵を取り出して…
「ただいま」
 ドアを開けると同時に、廊下の奥へと呼びかける。
そうして呼びかけるって事は…判るよな?
「あ、おかえりなさい!」
廊下の明かりを点けて奥から出てきたのは、女神と見まごうばかりの美女……なんて、俺の嫁さん。でも冗談抜きに、誰一人彼女に勝てる人は居ないと思ってる。二十代後半になっても、昔の清純さはそのままだ。
「悪い、定時に抜けられなくてさ」
 早く帰ってこないと、彼女が泣いていそうで怖い。っていうのは自信過剰かな?
「ううん、気にしないで。今日も一日、お疲れ様」
 そんな心配も他所に上着と鞄を預かりながら、極上の笑顔を見せてくれる彼女。そんな様子を見るだけで、今日一日の疲れなんてどうでも良くなる俺。便利な性質だ。
「お風呂、沸いてるわよ」
 寝室に入って上着をハンガーにかけながら、彼女は告げる。俺も判っていたと言わんばかりに、着替えを取り出している。『御飯にする? お風呂にする?』とか聞かなくても、きちんと判ってるんだよ。
 風呂は適温。半身浴で程よく暖まる。脱力して天井を見上げていると、生きている幸せってやつをかみ締められる。……そう。今俺は。幸せだ。とても幸せだ。不満なんか、どこにもある筈がない。
…………ふぃ〜〜〜……
 風呂を出ると、髪をガシガシと拭いたタオルを洗濯機の中に放り込んでから、食卓へ。そこには当たり前のように、もう食事が用意されてる。
結婚3年目ともなるとキャリアが違うね、キャリアが。
「…それでね。お母さんたら電話で、私たちが新婚みたいだって言うの」
 談笑しながら、彼女が食卓についた俺の正面に座る。
「そう言われてみればそうかもなぁ……義母さん、元気だった?」
 小さい頃からの付き合いだから、彼女の母親には随分世話になった。もう一人の母親という感じだ。父親ともそれなりに良好な関係を築いている。
「うん、本当に相変わらずだったもの」
「そりゃ結構な事だな。それじゃ、いただきます」
 ふっふと笑って、俺は箸をとる。
「いただきま〜す」
 遅れて、彼女。いつも彼女は俺の三歩後ろをついてくる。昔からの関係は、今も変わらない。変わってなんかいない。
「そうだ。今度の連休、何処か行くか?」
 箸を勧めながら、俺。行儀悪いけど、黙りながらの食事は、好きじゃない。
「私は別に……貴方と一緒なら何処でも……な、なんちゃってね」
 口許を押さえて照れた表情を浮かべるその様子に、思わず頬も緩む。こういう所が、新婚っぽいと言われる所以なんだろうな。彼女の笑った顔は、俺の人生で一番の娯楽といって良い。それを眺めるだけで、なんとも幸せな気分になれる。
……だから少し、浮かれて居たのかも知れない。
「あ」
 気付けば、醤油注しを取ろうとした俺の右手が、同じく醤油注しに伸びていた彼女の左手と中空でぶつかってしまっていた。
 あ。
「……悪いっ」
 まずい、と思った途端。彼女はガタン、と席を立った。顔面は、血の気が引いている。
「ごめんなさい……っ」
 一声。謝罪の言葉を俺に投げかけると、左手を押さえて洗面所の方へ走っていく彼女。その様子を、ただ黙って見つめるしかない俺。止めても追いかけても、余計に彼女を苦しめるだけだと知っているから。
「………………」
 一人残されて、食卓に視線を落とす。さっきまでの幸せが嘘のように消え去った空間で、料理だけが白々しく気を立てていた。


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