俺と彼女の話-6
昔よくデートに使った駅前公園の遊歩道で。俺達は、二人手を繋いで歩いていた。思いの丈を吐き出した事で楽になったのか、「発作」は起こらない。辛いと思う事をひた隠しにしていた彼女の健気さが、回復を遅らせていたのかも知れない。皮肉な事だと、思う。
それにしても……こうして手を繋いで歩くなんて、何時以来だろうか。彼女の手は、昔と変わらず温かく…柔らかかった。
歩きながら話すのは、さっきの事。ドラマのような抱擁と愁嘆場を繰り広げてしまったからには、もうあの商店街にはいけない。俺がそういうと、彼女はまだ泣いた跡の残る顔で、くすりと微笑んだ。
「私が家に帰ったら、お母さん達が気を遣って疲れてるのが判って、辛かった……」
やがて、話題は彼女が取った行動に移っていく。
「あなたも、私の所為で疲れてて……そうやって考えてたら、私は居ない方が良い人間なんだって、そう思えてきて……なんだかもう、全部嫌になって……そんな気持からも、貴方は引っ張り出してくれたの」
「……そっか」
彼女は語る話は理屈じゃなく、感覚的に理解できた。
「うん…………また迷惑かけちゃって、ごめんなさい……」
『ごめんなさい』という言葉に反応して、胸がずきりと痛んだ。
「…………やめてくれ」
思った事が、口をついて出てしまっていた。
「ぇ?」
聞き返す彼女。しまったと思ったけど、一度言った言葉を取り消す事は、できなかった。
「……あ〜なんつぅか……その『ごめんなさい』っての、やめてくれ」
渋々、言い直す。彼女の負担になるような事は言いたくなかったんだけど……ここでお茶を濁してしまえば、彼女は色々想像してしまうに違いないから。
「なんかお前に謝られると、俺が悪者みたいだ」
言ってしまった。ちらりと横目で、彼女の反応を伺う。
「…………そうだね……」
言って、寂しそうに彼女は俯いた。彼女にしてみれば、あの出来事以前から普通に使っている口癖のようなものだ。それを気にされると、あの出来事が与える影響というものを直視せざるを得なくなる。……俺は残酷な事を言っているのかも、知れない。
「……悪い。お前が悪い訳じゃないのに……」
「いいの」
謝罪の言葉は、途中でぴしゃりと遮られた。
「判ってるから……もう全部が全部、前と同じには戻れないって」
きゅっと、彼女が繋いだ手に力を込めた。少し震えて。だけど力強く。
「……そうか」
だから俺も、手にほんの少し力を入れて、応える。
彼女の中で、忌まわしい記憶が消える事は一生ないだろう。そしてそれに気にしなくなる事も、ないと思う。
「だから、ね」
努めてだろう。声のトーンを明るくして、彼女は言った。
「貴方もその『悪い』って言うの、やめにしない?」
……。
言われて初めて。俺もあの日以来、よく謝るようになっていた事に気づいた。彼女も俺と同じように、気にしていたのかもしれない。
「……悪い」
「ほらまた」
「……」
沈黙。
「……あちゃぁ……」
バツが悪くて頭をかく俺に、彼女が微笑む。
そんな事が嬉しくて、俺も微笑んだ。
「……なんだか、不思議」
口を開く彼女。
「何が?」
問い返す俺。
「私、もう貴方と会わない覚悟で出てきたのに。こうして何事も無かったように話してる」
…………よく考えてみれば、そうだ。離婚届けまで置いて行ったのにな。
「……結婚3年目にして、記念すべき初の夫婦喧嘩か?」
「ふふ、そうかもね」
そういえば結婚してから今まで、一回もケンカした事がなかった。彼女のケアに追われ、お互いがお互いに気を遣って遠慮して。ケンカなんてできなかったんだ。俺のあの姿を彼女が見なければ、きっと今もできなかった。
「じゃあ、喧嘩ついでに一つ言っておくか」
「?」
「いや、俺達お互いに気を遣ってたし、実際俺も疲れてたけど……」