俺と彼女の話-2
夜。意味も無くつけたTVだけが光源の部屋で、俺は一人ソファーに寝そべっていた。若手のお笑いが何か言ってるけど、今の俺には単なるノイズに過ぎない。
…………ふぅ
ごろりと寝返って、天井に目を向ける。いつもは真っ白なだけで何の面白みも無い天井は、TVの明かりを反射して赤に青にと色を変えている。それを漫然と眺めながら、さっきの事を思いだす。
ごめんなさい
あの後暫くして戻ってきた彼女は、そう言った。
ごめんなさい
何度も繰り返し、彼女は言った。嗚咽に紛らせて。言葉すら涙に濡らして。
……頼む、謝らないでくれ……判ったから、もう……
「やめてくれ……」
いつの間にか、声に出していた。まだ彼女の謝罪が聞こえてくる気がして、寝返って丸くなりながら耳を塞いだ。俺が何をしたって言うんだよ……
「やめてくれよぉ……」
誰に対して懇願してるのかも、もう判らない。喉から漏れる涙声をソファーに押し込む。こんな時にすら、俺は彼女に聞こえないようにしなくちゃいけない。
……彼女は悪くないから。俺なんかよりずっと辛い思いをしているのは、彼女だから……
そう、辛いのは彼女なんだ。俺がきちんと支えてあげないといけないんだ。
彼女は頼りなく、よく謝る娘だった。小さい頃からドジだったから、よく失敗をしては俺が面倒見たものだった。その度にしゅんとして言うのだ。ごめんなさい、と。
俺は、彼女のそんな所が……いや、そんな所も、好きだった。彼女の「ごめんなさい」を聞く度、全く仕方が無いなと思いながらも、謝る彼女が可愛かった。
そんな「ごめんなさい」が別の意味を持つようになったのは、結婚間近になっての事。夜も遅くに俺のアパートへ、彼女が彼女が駆け込んできた日からだ。服はぼろぼろ、擦り傷だらけで生気を失っていた彼女は、只ならぬ様子に呆然とする俺に向かって。震え、俯きながら……呟くように言った。
ごめんなさい、と。
望まぬ性行為。彼女のされた事を簡潔に説明するとこうなる。
「……くそ……っ」
あの日から、全てがおかしくなってしまった。全力で彼女のケアをし続けて、精神科医にも相談して、やっと昔みたいに笑えるようになったのに。
それは綱渡りの様な、危うい笑顔なんだ。いつも笑い合いながら、足場を踏み外さないようにと緊張してる。全てはあの日、彼女に目をつけた糞野郎の所為で…っ!!
殺してやりたいころしてやりたいコロシテヤリタイ!!!
「……ちくしょぅ……ちくしょぅちくしょぅ……っ」
なんで彼女なんだろう。他の女ならどんな目に遭っても知った事じゃないのに、なんで彼女なんだ。世界の半分は女なのに、なんで彼女なんだよ。こんな考え方は最低だって判ってるけど、それでも考えてしまう。なんで彼女がこんな目に。
そして……なんで俺が、こんな目に…………
「……く…っ」
違う違う違う。俺なんか問題じゃない。辛いのは彼女だ。俺なんか、なんでもないじゃないか。なんで俺が被害者面してんだよ。彼女には精神的な支えが必要だ。俺がしっかりしなきゃ駄目なんだ。
……それが、報われなくても?
彼女は精神的な支えを渇望する傍ら、人間関係を拒絶するようになった。俺だって例外じゃない。いくら俺が支えになったところで、さっきみたいな「発作」が起きた途端に、疎ましい存在になる。落ち着くまでは傍に近寄って欲しくないと、遠まわしに言われた事もある。それは自分が迷惑をかけるから、という意味合いでは決してなかった。
……これから先、時間が解決してくれる? 確証なんか何処にもない。