addict-1
真面目で清廉そうな、小柄な女の子が、校舎を見上げて立っている。
全く、ここまでするのに一体どのくらいの金と時間を費やしたのだろう、と彼女は思った。
五年前に改築されたばかりのこの校舎は、ぱっと見、お洒落なマンションの様にも見える。この学校を目指したのも、外見が格好いいからという理由が彼女の中の大半を占めていた。
校舎の周りに植えられた紅葉は、真っ青の澄んだ秋空とは対照的な怖いくらいの紅色に染まっている。
百瀬和子(ももせわこ)は、紅葉の木の脇を通り抜け、この有名な進学校とされている英華高等学校の校門をくぐった。
同じく美しく改装された玄関と階段、廊下を通り、2年1組の教室へ向かう。
「和子!」
誰かに自分の名を呼ばれ、和子は振り向いた。
声の主は里谷凛(さとやりん)。和子と同じクラスで、和子の親友。短くカットされた髪が良く似合う、美人だ。
同じクラスになってから初めて口を利いたのだが、この頃は凛とつるむことが多くなっている。
「あ、凛…おはよう」
「何?何か元気無くない?」
「ううん、大丈夫だよ」
「なら良いけど」
凜は人懐っこく笑った。
彼女の笑顔はまさに屈託がないという感じだ。
2人は一緒に教室へ入った。
凛の前では気を遣わずに、自然体で振る舞える。それは凛の空気がそうさせているのだろう。凛とは馬鹿話もできるし、恋愛話もできる。
凛と和子は、自他共に認める、立派な親友であった。
しかし、和子はひとつだけ、凛に話していないことがある。
突然、きゃあ、と廊下側で女子の黄色い声が上がった。
ドクン。
和子の鼓動が速く鳴り出した。
「まただ。ね、ちょっと見てこようよ」
凛に引っ張られ、和子は廊下の窓から顔を出す。 和子の鼓動を激しくさせ、女子の黄色い声を誘う原因がそこにあった。
大宮 聡(おおみやあきら)。
この男の所為だ。
彼が女子に向かって微笑むと、歓喜の叫びが上がった。
和子も叫びたい気持ちを抑えつつ、彼を見た。
陽が当たると少しだけ茶を帯びて見える柔らかそうな髪。優しく、しかしどこか鋭い瞳。薄くて形の良い桜色の唇。
整った顔立ちと、目を引くスラリとした背、見る者全てを魅了する笑顔。
爽やかな風貌の、いかにも聡明そうな男子であった。
しかし実際、この男は聡明、なんてものではないのだ。彼には、先生と名乗る大人達をも大人しくさせるのに十分な肩書きがあった。
全国模試第1位、という肩書きが。
しかも何処かの医者の息子だという話を和子は耳にしたことがある。神様に贔屓されている人間って本当にいるんだなぁ、と思ったものだ。
大宮 聡を取り囲む様にして女子たちがまだ騒いでいる。
彼が廊下を通るだけでこのざまだ。携帯のカメラを向けている者もいる。
普段彼は2年教室の前を通らないから、こんな近くで見れることは滅多にないと言うのも、女子が大きく騒ぐ理由のひとつだ。
「すごい美少年だよね。でもちょっと頭堅そうだなぁ」
凛が言う。
和子は立ち尽くしていた。