悩めるあなたへ-1
どんな人間でも、必ず異性に惚れられる機会がある。ただ、相手の異性を自分としては気に入らない場合が多いので、この世は儘ならぬということだ。だが、自分のことを惚れて胸を焦がしている異性がいたとしたら、これは宝物だと思うことだ。
何故か？それは私のところに、その異性を連れてくればわかる。
「おっさんですか？ こういう問題を解決してくれるという自称科学カウンセラーとかいう人は」
若者はいかにもうんざりした感じで隣のごつい感じの女をちらちら見てた。
「この人がね、僕のことを好きだって言うんだけど、僕としては迷惑してるんだ。僕には好きな人がいるし、この人にはなんとも感じないから、無理なんだよ」
するとその体格の良い女は首を振った。
「でも、その人はケンジ君のことなんとも思ってないんだよ。良いように振り回されているだけなんだから」
「おい、レイナさんのことを悪く言うな。それより君はどうなんだ。僕も君のこと何とも思っていないんだ」
私はまず一人ずつ面接することにした。ケンジと会っている間は、女には別室でテレビや週刊誌でも見ていてもらうことにした。
「色々なコースがあります。まずあの女性が君のことを諦めるとしたら、君は幾ら謝礼を払いますか？」
「３万円……払いますよ。それくらいで心の平安が得られるなら安いもんです」
「それじゃあ、あなたの好きなレイナさんがあなたを振り向いてくれるとしたら、いくら払いますか」
「えっ、そういうこともできるの？１００万円払うよ、１００万。もしそれが本当ならね」
「今、貯金いくらあります？」
「そ……そんなの……」
「通帳持って来てくれてますね」
ケンジはしぶしぶ通帳を差し出した。それを見ると、残額は１７万３０１２円だった。
「了解しました。つまり、あの女にあなたを諦めさせて、レイナさんをあなたに振り向かせれば合計１７万円出せるということですね」
「ま……まあ。レイナさんにだいぶ貢いだから、あまり残ってないんだ」
ケンジはしょんぼりと肩を落とした。
「ところでもう一つ訊きますが、もし……もしですよ、あなたがレイナさんのことを考えるたび胸が苦しくなる……その苦しみから解放してあげるとするなら、いくら払いますか？」
ケンジはこれにはすぐ返事が出来なかったが、迷った末結局３万円出すと約束した。
次に私は、女と会った。女の名前はカナエと言った。
「カナエさん、もし、あなたが今の苦しみから抜け出て、ケンジ君を諦めることができたら幾ら払いますか？」
「諦めたくありません。なんてこと言うんですか、おじさん」
「恋は苦しいものです。報われない恋ほどつらいものはない。そのつらさが嘘のようになくなるんですよ。心がすっきりして、別の恋ができるようになる。だとしたら幾ら払います？」
女はじっと考えた。今までの片思いの辛い思い出を反芻しているかに見えた。そしてゆっくり顔をあげた。
「もし諦めるしかないとしたら、未練を断って楽になりたいわ。もしそれができるなら１０万円払ってもいいかも」
「それじゃあ、もう一つ。もしケンジ君がカナエさんのことを振り向いてくれるようになったら、幾ら払いますか」
するとカナエは私に通帳を見せた。残高は３５０万円と７５６２円だった。
「１００万円払います。後のお金は結婚資金とかその後の生活資金に必要なので」
「わかりました。ところで、カナエさんのことを好きな男性が身近にいますか？」
カナエは腕を組んで考えた。そして頷いた。
「じゃあ、その男性をここに連れて来てくれますか？」
「その男は関係ないんじゃない？」
「ところが大いにあるんですよ。その人こそあなたの恩人になる宝物です」
男の名前はサトルと言った。もしカナエのことをすっかり忘れることができたら５万円払うと言った。
「それじゃあ、ここに寝てください」
私はドイツ製の最新機械をサトルの頭に嵌めてスイッチを入れた。主に現在の恋愛感情に関する記憶の中枢に働きかけて、それを切り取った。短い時間でそれは終わった。
「目が覚めましたか？ サトルさん」
「あっ、僕は一瞬寝ていたような……」
「ほら……もう、カナエさんのことを考えても苦しくないでしょう」
「あ……本当だ。まるで呪縛が解けたようだ。あ……ありがとうございます」
サトルは５万円を私に払って出て行った。
次に私はケンジを呼んだ。
私はケンジを寝かせて、頭にドイツ製の機械を嵌めると、恋愛感情の記憶を一回初期化した。その後でサトルの恋愛感情を貼り付けた。
「さあ、辛い思い出は綺麗に消えました。その代わりケン君が今まで心の奥に秘めていた為に気づかなかった、カナエさんを好きな気持ちがはっきりと浮き出て来たはずです」
「本当だ。カナエが愛しくてたまらない」
「ケンジ君、わたしはここよ」
そして私はケンジとカナエをくっつけることに成功した。
もしケンジの方が通帳残高が多ければケンジとレイナをくっつけることもできた。
そしてケンジからはレイナへの恋心消去料３万円とカナエからはケンジの振り向かせ料１００万円を貰った。
合計サトルからの５万円も合わせて１０８万円になった。その他１回５０００円のカウンセリング料も入れると、１０９万５０００円の収入だ。
けれども決してこれはぼろい儲けではない。だって、この機械はとっても高いから、そう簡単には元が取れないからだ。
だから、片思いで苦しんでいる人、貯金通帳を持って、ここに来たれ！