小鳥の里-1
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息苦しさで目が覚めた。
瞼が重い。いや、頭も体もどこもかしこも重くて、うそ寒かった。ハヅルは苦心して、うっすらと目を開いた。眩しいような痛いような感覚に、涙が勝手ににじみ出る。
にじんだ視界の中に、見慣れた顔がある。ハヅルはなぜかひどく安堵を覚えた。
「おじいさま」
「どうして落ちた?」
熱にあえぐ幼子に、問いは厳しかった。口調はひどくやわらかだったが。
ハヅルは必死で何が起こったのかを思い出そうとして、目を閉じた。
五歳の誕生日から数ヶ月、ようやく羽根の生えそろったハヅルは、毎日の飛行訓練に夢中になっていた。
飛行訓練の開始にあたって、子供たちはいくつも注意を叩き込まれる。大人のいないところでは飛んではいけない。雨が降ったら訓練は休み。水場の近くや障害物の多い場所は避けること。
ハヅルは、同時期に訓練を始めた子供たちの中では、抜きん出て風をとらえるのが上手だった。すぐに誰よりも高く、速く飛べるようになったし、旋回や急制動も教わるより先に身についていた。
だから、言いつけを守りながらの段階を踏んだ訓練が簡単すぎてつまらない……そう、感じるようになってしまったのだ。
幼なじみの家の近くにある森には、言いつけに反するための全てがあった。
大人もあまり近付かないし、背の高い、複雑な枝ぶりの木々が視界を遮っていて高度な飛行技術が必要だ。
それに、大きくて澄んだ、とても冷たい池。
ああ、とハヅルはよみがえった記憶にため息をついた。
とても単純な話だった。彼女は一人で東の森を飛んでいて、案の定、障害物を避けきれずにバランスを崩したのだ。
落下した体はなすすべもなく池の水面に叩きつけられ、痛みと冷たさに息が止まった。
「えっと……うん、前みてなかったの」
「前を見ないと落ちるかもしれないとは思わなかったか?」
言いながら、彼女の祖父は手を孫娘の額にあてた。
「うん……平気って、おもってた」
「平気じゃなかったな」
「うん……」
幾度か荒く呼吸をしてから、ハヅルは続けた。
「ごめんなさい」
「俺に謝るべきじゃないな」
淡々とした言葉だった。ハヅルはしばらく何を意味するのか考えた。
「お前が落ちたとき、近くには誰がいた?」
「……だれか?」
「側には誰もいなかった。最初に見つけたのがアハトだった」
「アハト……」
ハヅルは鸚鵡返しに呟いた。
「そのころにはずいぶん時間が経っていて、あいつは大人を呼んでいる暇はないと考えた。感心はできんが、まあ、正しかった。実際危ないところだったからな」
「……」
「で、あいつはお前を助けるために、早春の冷たい池に飛び込んだ。で、当然のごとく熱出して寝込んでる」
「えっ」
ハヅルはつらそうに目を見開いた。
「アハトも熱出したの?」
「ああ。ミズナギがついてるから大丈夫だとは思うが」
アハトの世話役の女の名に、ハヅルはほうっと息を吐き出した。
アハトには家族がいない。祖父母や叔父叔母のような近い係累もなく、天涯孤独の身の上である。
里の四頭家の一つ、ケイイルの幼い当主であるから、生活に困るようなことはないが、ハヅルが先程目を開けて覚えたような安堵を、彼は感じることができないのだ。
だがミズナギは優しい女だ。他の、ただの医師や他の頭家の誰かがついているよりはずっと良いだろう。
ハヅルは、きかん気ではあるが基本的に素直な子供だった。自業自得という言葉の意味を彼女はちゃんと理解していたし、今となっては後悔もしている。二度としないかと問われれば、言葉に詰まったに違いないが。
ことが自身の問題だけならば反省で済んだのだが……巻き込まれたアハトを思うと、たまらなかった。
すぐにも駆けつけたいのに、起き上がるのもままならない。
治ったら……彼女は朦朧とする意識の中で思った。
起きられるようになったら、真っ先に幼なじみのもとへ行って伝えるのだ。ごめんなさい、と。それから……
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