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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-5



「そんなことより、お前はどうしたんだ。また伝令か?」

 アイサはなおも何か問いたげな様子だったが、ハヅルからそれ以上答えを引き出せないと判断して、あきらめた風に肩をすくめた。

「いいえ。頭領より、シェシウグル王子の警護をおおせつかりました」

「じゃあ、お前がアハトの代理か」

「そういうことになりますか」

 アハトの名に、アイサは口の端を皮肉げにゆがめた。

「ご病気とは驚きました。ケイイルのひな殿は相変わらずお体が弱いようで」

「そんな呼び方はやめろ。次期頭領に無礼だぞ」

「病弱な頭領などわれらは願い下げです」

 遠慮のない物言いに、ハヅルはアイサを睨みつけた。

「言葉が過ぎるぞ。だいたい、あいつが病弱だったことなんか一度もない」

「さて、それは……」

「小さいころの話なら、あいつが風邪をひいたときは私もひいてた。私も病弱ということになるじゃないか」

「まさか。ハヅル様はお強いですとも。風邪をひかれても一日と寝込まれたことはないではありませんか。あの少年とはまるで違います」

 ハヅルはぎゅっと眉を寄せて彼を見上げた。
 アイサがアハトを快く思っていないのは知っているが、ハヅルの前でここまであからさまに悪口めいた言葉を吐くことなど久しくなかった。彼女が不快を示しているのにも関わらずやめようともしない。
 たまたま虫の居所が悪いだけならばよいが、一体何事が……と考えていると、アイサは制止されないまま、辛辣な口調で続けた。

「父親の素性も知れぬものを、頭領などと……まして、われらが当主の婿になど認められるはずが、」

 本来なら、婿などという語句を出されたことに真っ赤になって憤慨するところだったが、このときのハヅルは違った。
 アイサがはっとしたように言葉を止めた。

「ハヅル様? 何を、そのように……」

 彼が見たのは、完全に表情の消えた主家の娘の顔だった。
 幼少から彼女に仕えてきた彼は、もちろん、ハヅルがどんなときにそんな顔をするかよく知っている。

「消えろ」

 彼女は表情と同じく無感動な声音でそう言った。

「ハヅル様、」

「お前が腹の内でどう思っていようが勝手だが、それを口に出したら私が怒ることくらい知っているはずだ。わかっていて口にしたんだろう。怒らせるつもりで」

 アイサは、自分の胸までも届かない小柄な少女の静かな言葉に、知らず一歩後退った。
 言うとおり、彼女は怒っていた。もともとツミにしては喜怒哀楽の面に出やすい性質ではあったが、本気で激昂したとき、彼女はぴんと張りつめた糸のように、一切の起伏を失うのが常だった。

「よかったな。望み通りになったぞ」

 彼女はそう言って、うっすらと微笑みを浮かべた。

「消えろ。それとも、私に自ら立ち去れというのか?」



 逃げるように飛び去ったアイサの姿が見えなくなってからもしばらく、彼女はその場に立ち尽くしていた。
 当初の目的の祖父の居る室はすぐそこだ。しかし……
 今の自身がどんな顔をしているか、彼女は自分でわかっていた。このまま祖父に会うのはためらわれる。彼には見透かされてしまうだろう。
 感情の制御もできないところなど、見られたくない。

 彼女は後宮へと踵を返した。


 道中、深く思案にふけっていたハヅルは、君影宮へと足を踏み入れる瞬間、意を決して顔を上げた。
 ちょうど通りかかった、女官姿に身をやつしたツミの女に声をかける。

「ハヅル様? どうかなさいましたか」

「里に用ができた。少し出かけようと思う」

 頷く女に、彼女は続けた。

「今夜中に戻るから、留守を頼む。姫には私から断っておく」

 私室で経済学の教師と何か討論を交わしていた王女は、ハヅルの用事を詳しくは訊かず、あっさりと外出を許した。彼女は王女に、くれぐれもお忍びで出歩いたりしないようにと念を押して部屋を出た。
 頷く王女は、少々、人の悪い笑みを浮かべていたようにハヅルには思えた。


※※※


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