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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-3


 公務の予定があるからと去って行く王子を見送って、王女は散策を再開した。
 数歩進んだところで、彼女はふと足を止めた。

「姫?」

 王女は前方の一点をじっと見つめながら、指をさした。

「あれは、仲間のツミではなくて?」

 示された方向に慌てて目をやる。
 すっかり紅葉した枝先に、小さな猛禽が一羽とまっていた。

 朱に染まった背景に溶け込むような鮮やかな赤褐色の羽根をたたみ、白い胸元に薄茶の斑模様が散っている。
 ハヅルの鳥態と違い、丸い黒目を囲む虹彩は、艶光りする濃い赤色をしていた。これはツミの男の特徴だ。

「……あれは」

「お前に用があるようね」

 一族の男は、ハヅルが自身に気付いたとみるや羽根を広げて飛び去った。
 羽音の遠ざかると同時に、女官の一人が王女を呼びに来た。次の講義の教師がやってきたのだ。
 ハヅルは少し考えてから、講義の間、後宮から離れる旨を告げた。

「サケイのところへ行くの?」

 離れると言っただけなのに、行き先を言い当てられたハヅルは目を瞠った。

「アハトのこと、何かわかったらわたくしにも教えてね」

 何もかもわかっている顔でにっこりと微笑まれて、ハヅルには承諾することしかできなかった。


※※※


 奥殿に向かったハヅルは、祖父の居る執務室に続く回廊で、意外な顔に出会った。

「やあ、ハヅル」

「エイ。どうしてここに?」

 こちらに歩いてきた灰色の髪の少年は、ハヅルを見てかすかに表情を和ませた。

「サケイ殿に呼ばれたんだよ。事情聴取だって」

 南風之宮の一件で、エイは何度も事情聴取を受けている。
 防人省や刑人省の聴取は関係した全員が受けたが、彼だけはさらにツミの一族による調査にも協力を請われていた。
 殊に重点的に聞かれたのは、救援を呼びに行く道中に行き会った魔族についてだ。直に言葉を交わして闘ったのは彼一人だったので。
 結果、奥殿のこのツミのための棟で、王族以外の人間に会うことさえあまりないのに、エイは当然のような顔をして、ツミの頭領や副頭領の名まで覚えてしまっていた。

 実は由々しき事態ではないのだろうか、とハヅルはちらりと思った。
 なんと言っても、彼は外国人なのだ。しかも祖国は元敵対国である。
 だが、頭領も彼女の祖父も、エイが一族の秘密を知ったことをさほど懸念している風ではなかった。
 彼と二人並んで祖父たちに事情を訊かれた際の様子から、ハヅルはそう感じていた。彼らはエイの王子への忠誠を疑わず、彼を気に入っているようにさえ見えた。

 ハヅルとエイは個別にも同時にも同じことばかり訊かれ、これ以上は何も出まいといい加減にうんざりしかけているところだった。

「まだ何か聞くことがあったのか?」

 そのうんざりが声に出たためだろう、エイは困ったように苦笑した。

「死骸も回収したし、山中探して結局何も見つからなかったのに」

 エイが斃した魔族の骸は、王女の指示で数日のうちにハヅルが回収していた。

「あれはただの人間の死体だったって聞いたよ」

「そうだ、頭蓋の中が空っぽのな」

 骸を検証してわかったことだった。
 脳髄は溶け落ちて、意味をなさぬ肉塊が頭蓋の内側にへばりついているのみだったのだ。
 それ以外は、ごく普通の、ごく新鮮な、人間の死体に間違いなかった。

 近隣を調査した結果、骸は宮に近いとある村で、最近病死した男のものだった。
 葬儀をひかえて自宅に拵えた祭壇に飾り立てられた状態で、姿をくらましたのだという。
 特徴的だとエイが思った、白い鳥の文様が織られた衣服は、葬儀の折、死装束として遺体に着せてそのまま荼毘に付すためのものだ。
 対峙したエイは外国人だったためにその意味に気付かなかったが、回収したハヅルにはすぐにわかった。
 魔族はその遺体を乗っ取り、操っていたのだ。
 完全に不定形の魔族ならば、脳神経を模して死んだ身体を動かすことが可能である……という可能性もある、とハヅルの祖父は言っていた。
 心もとない言葉だが、無理もないのだ。魔族という生物は本当に多種多様で、退治慣れたツミといえども全ての性質を把握できるものではない。

「よくわからないけど、魔族のことは君のお祖父さんたちに任せるよ。あんまり思い出したくないんだ。まだたまに夢に見るんだよね……」

 エイは思い出したようにぶるりと身震いした。もう青年と言ってもよい年齢のはずなのに、子供みたいだ、とハヅルは忍び笑いを洩らした。


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