小鳥の里-17
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孫娘が病中のアハトを見舞いに飛んで行き、そのまま彼の屋敷へ泊まったらしいとの報告を聞いて、サケイは相好を崩していた。
祖父離れに一抹の寂しさはあるが、見目のわりに奥手に育ってしまった孫娘を、彼はたいそう心配していたのだ。
ハヅルは先日十五歳の誕生日を迎えた。
十五歳といえば、彼ら一族でいえば結婚適齢期にさしかかっている。
最近の若者は晩婚傾向だが、ハヅルとアハトは一族を統べるべき四頭家の子供たちだ。次世代をつくるのに早すぎるということはない。
さて、そうと決まれば早々に祝言の準備を進めねば……と、いそいそと頭領エナガのもとに向かった彼は、向かう先、奥殿の方向から飛び立つ一羽のツミに気付いた。
見覚えのある娘だった。ケイイルの傍系で、現在は里でアハトの治療にあたっている……確か名は、ヒヨといった。
ヒヨも彼に気付いたらしい。彼女は急に方向転換をすると、瞬きの間に距離をつめ、サケイの眼前に舞い降りた。
着陸と同時に、すらりと背の高い、美しい人間態をとった娘は、彼に深く頭を垂れた。
後頭部の高い位置で束ね上げた、腰までもあるまっすぐな黒髪がさらさらと流れ落ちる。
「シアのご当主様」
「よう。頭領に報告か? アハトの具合はどうだい」
開口一番のサケイの問いに、ヒヨは美しい眉目を曇らせた。
「……よくねえのか?」
「いいえ、快方に向かっておいでです。今はまだ起き上がるのもお辛そうですけれど、お倒れになった当初より、症状はずいぶん軽くなられました。程なく全快なされることと思います」
「そうかい。あいつには災難だが、治るようならよかった。お前さんたちもご苦労さん」
サケイはねぎらいの言葉をかけた。
おくびにも出さなかったものの、彼は内心少しがっかりしていた。そんな容体では、ハヅルの外泊も文字通り以上の意味はなさそうだと悟ったのだ。
「で、頭領には何と?」
「病毒の分析が成りましたので急ぎご報告に参りました」
「ほう」
「結論から申し上げますと、アハト様に撃ち込まれた病毒は、一族にのみ作用するものです。本来ならば猛毒で、アハト様でなければ……四頭家の直系であられる強靱な御身でなければ、もっと早くに発病し、衰弱も激しかったことでしょう。それでも、死ぬほどの毒ではありませんが」
「一族にのみ……だと。人間には?」
「人間には無害です。ただ、シェシウグル王子やミルハーレン王女にもし当たっていれば、武具自体の威力で心臓を撃ち抜かれていたでしょうから、」
「避けられない事態だった……か」
サケイはあとを引き取って呟いた。
しかし、それはつまり……
「……ヒヨ、この件は他言無用だ。ミズナギとアハトにもそう伝えろ」
「はい。里長様もそのように言われました」
ヒヨはそう頷いて、深く頭を下げた。
飛び去るヒヨを見送りながらサケイは腕組みして唸った。
ハヅルも、エイという少年とともに援軍を呼びに行く途上で奇妙な魔族に襲われたと言っていた。
その魔族は、まるでハヅルとアハトを手中にしたいかのような口ぶりだった、と。
エイを呼んでの事情聴取にサケイも同席したが、ハヅルとエイの証言は寸分違わなかった。
神殿に残ったアハトも、魔族が王子や王女よりも彼を狙っているように見えたと告げた。
彼には確信まではないようだったが、使われた毒がツミのためのものであるとなると、おそらく間違いではないのだろう。
一族のものを狙う何者かがいる……ということだ。
それも、国同士の争いに便乗しようという狡猾さを持っている。
厄介な事態が始まりつつあるのかもしれない。
サケイは真っ先に巻き込まれた、次代を担う二人を思い、苦い顔で空を見上げた。
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