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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-15


 風呂の用意をするから、とミズナギはハヅルに粥の土鍋と漆椀をのせた盆を押しつけた。アハトに朝食を持っていけというのだ。

 ハヅルは盆を運びながら、他人の看病をしてやっている、という気分を楽しんでいる自分に気付いた。子供のままごとのようなものだ。
 だがいざ目の前に盆を差し出すと、アハトは胡乱そうに鍋を見つめた。

「………お前が作ったのか?」

 せっかくわざわざ持ってきてやったというのに、アハトの反応は思ったようなものではなかった。彼女は看病気分に水を差された気になった。

「そんなわけないだろう。ミズナギが戻ったんだ」

「戻ったのならば、なぜ自分で持ってこない」

「風呂の用意をしてくれてるんだ。この格好じゃ戻れないからな」

「……」

「いいから食べろ。昨夜から何も食べてないだろ。食欲がなくても、滋養をとらないと回復しないぞ」

 ハヅルはそう言って、粥をすくいとった匙をアハトの口元にずいと突きつけた。
 アハトは面食らったように身を退いた。

「なぜ逃げる」

「……別に。よこせ、自分で食う」

「遠慮しなくていいのに。ほら口を開けろ」

 彼女は匙を奪いとろうとするアハトの手をかわした。
 しばらく押し問答が続き、頑として彼女の手から食べようとはしないアハトにハヅルが根負けした形になった。

 ごくゆっくりしたペースではあるが、おとなしく、行儀よく匙を口に運ぶ彼を注視するうちに、ミズナギがやってきた。

「おはようございます、アハト様。昨夜はよくお休みに……」

 もともと一枚分空白の襖を、わざわざ開けて、深く座礼してから寝所に足を踏み入れたミズナギは、何かに気付いたようにはっと息を呑んだ。

「アハト様、食欲が戻られましたか」

 彼女はあらかた空になった鍋をじっと見つめていたかと思うと、不意に口元をおさえた。

「よかった……ようございました。この三日、水の他はろくに受け付けてくださらなかったから……」

 ミズナギは声を震わせた。
 よほど気を揉んでいたのだろう、こらえきれぬように切れ長の目が潤み、眦にたまった涙の粒が長い睫を濡らした。
 ハヅルは思わずアハトに視線を送った。
 治療にたずさわっているミズナギがこうまで案じていたということは、見かけより相当悪い状態だったのだろう。
 大したことがなくてよかったなどと言ってしまったのを、彼女はひそかに後悔した。

 ハヅルの視線を責めているように感じたのか、アハトは居心地悪そうに言い訳した。

「別に、わがままで食わなかったわけじゃないぞ」

「わかっておりますとも。吐き気がおさまったようですね」

 ミズナギはつとこぼれかけた涙を拭うと、アハトの額に手を当てた。

「熱も少し下がったみたい。ご気分はいかがですか?」

「悪い」

「そうおっしゃるお声も、芯が戻られたように聞こえます」

 ミズナギは安堵の笑みを浮かべてハヅルに向き直ると、その手をとって握りしめた。

「ハヅル様、ありがとうございます。来てくださって本当にようございました。本当に、良いお薬ですこと」

「私は何も、」

「そいつは何もしていないぞ」

 礼を言われて面食らいつつ、わざわざ訂正を入れたアハトに彼女はむっとした。
 言おうとしたのと同じ内容とはいえ、人に言われると面白くないものだ。

「何もってことはないだろ。添い寝してやったのに」

「まあ……添い寝を?」

 ミズナギの目がなぜか楽しげに光った。

「勝手に熟睡していただけだろう。何しに来たんだ、お前」

「勝手にって、お前なあ…!」

「そこまでになさいませ」

 やれやれとばかりにため息をつきながら、ミズナギが制止した。

「憎まれ口をきかれるほど快復なさったのは、よくわかりました。ハヅル様、お湯浴みの用意ができましたので、どうぞ浴場においでください」

 ケイイルの屋敷の浴場は檜仕立ての広大なものだ。幼い頃のハヅルにとってもお気に入りだった。
 病人と口喧嘩を繰り広げるのもはばかられ、彼女は言われるまま閨を出た。

「アハト様はお休みになっていらしてください。……のぞいてはいけませんよ」

「……」

 不快げに睨みつけるアハトに平然と微笑みかけて、ミズナギは盆を下げた。


※※※


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